18話
アルベルトが探しに行った人物はいなかったようで、変わりに置手紙をしてきたと言っていた。その日はそのまま解散、特になにかをする気が起きなかった与一は、調合師とはなんぞやと考え込んでいるだけだった。
翌朝、宿に突風のような勢いで現れたフードを深く被ったローブ姿の人影が、瓶の代償として早朝から店番させられていた与一の目先に現れた。身長は彼と同じほどで、フードの隙間からちらりと見える金髪に、ボディーラインを強調するローブ姿。その特徴から女性だろうか。と、考えていた彼の元へ、人影は息を切らしながら迫ってくる。
「あ、アルベルトは! 彼は無事なのか!」
「無事もなにも、ちょっと前に大笑いしながら買い出しにいったところだぞ」
「はぁ!? なんだ、無事なのか……」
声音は女性のものだった。すると、彼女は安堵すると同時にへたりと膝から崩れ落ちた。
「いきなり驚かせてすまない。彼の置手紙に『助けてくれ』と書かれていたのでな、てっきりあの大男が危機に瀕しているのかと早とちりしてしまったようだ」
「……そんな心配、一度もしたことないけどな」
あのクソオヤジ、なんでそんなこと書いてんだ。と、心の中で愚痴をこぼす与一だが、それを心配してここまで駆け付けてきてくれる人がいるということは、それなりに人望がある人物ではないのかと逆に考えてしまう。
「そ、それよりだ! アルベルトが人を雇ったとは聞いてないぞ! それに君は……君は──ッ!?」
すっと起き上がり、カウンターをバンっと叩く彼女。そして、フードを外すと目を大きく見開いた。
アニエスの髪よりも長く、ふわふわとした癖のある金髪に薄緑色の真っ直ぐに見つめてくる瞳と、少し堅物そうな雰囲気のある顔立ち。そして、先の尖った独特な耳。
初めて見る与一でも一目で理解することができた──彼女がエルフである、と。
耳を何度も見る彼に気が付いたのか、彼女はいそいそとフードを被りなおすと咳ばらいをひとつ。
「ご、ごほん。何度もすまない……この街に黒髪の調合師が来ていると聞いたので、もしかしてと思ってだな」
「あぁ、それなら俺だな」
「そうだろう? 黒髪が珍しいからって君が……はぁ!?」
騒がしい人だ。与一は顔をしかめながら頭をぽりぽりと掻いた。
「な、なぜ調合師である君が店番をしているのか聞いても?」
「あー、昨晩アルベルトさんの瓶を勝手に拝借しようとしたら見つかってな。瓶は高いからその分働けと」
「君の作るポーションを売ればすぐに揃うのではないのか?」
「いや、めんどくさい」
「………………」
与一の返答に、彼女は顔に手をあてた。
調合師の作るポーションがあれば、この街で一か月は過ごすことができる。そうすれば瓶のひとつやふたつどころか、大量に買い占める事も可能だ。しかし、それをめんどくさいの一言で済まされたら、誰だって呆れるか何も言えなくなってしまう。
「と、とりあえずだな。アルベルトに詳しい話を聞かないといけない。だから、ここで待たせてもらうよ」
そういうと彼女は近くにあった椅子に腰を掛けた。
アルベルトの言っていた『専門家』とは彼女の事なのだろうか。正直なところ、与一は叫びたいほど感動していたのだ。異世界の定番といったら、他種族。エルフにドワーフ、ダークエルフ。それに獣人がいるかもしれないのだから心が躍らないわけがない。が、自身が耳を何度も見たことに彼女は何かを感じたのか、すぐにフードを被りなおしたのでなにかしら理由があるのだろう。と、察して黙っていることにした。
なかなか帰ってこない宿主にしびれを切らしたのか、彼女は与一のもとへと足を向けた。
「そ、そのだな。君は、以前どちらの国に?」
「……ノーコメントだ」
「そうか。言えない事情があるのだな」
与一は厳として異世界から来たことを喋りたがらない。実際、彼の考えとセシルやアニエスと言ったこちらの人間の考え方は異なる。それを利用しようとする輩が現れた場合、調合師であることや異世界の知識、考察などと言ったものを利用しようとするだろう。めんどくさい事は極力避けたい。と、いうのが与一の考えだ。
「まぁ、あれだ。ちょっと事情があってだな」
「なるほど。冒険者ギルドに登録したのは、その事情があるからってことかい?」
彼女に冒険者ギルドに登録したことを話した覚えなどない。初対面なのだから、面識もなく、ましてや名前すら知らない。それなのに、彼女は与一のことをあたかも見てきたかのように話した。
「……どこで知った」
与一が低いトーンで問いかける。
先ほどの口調とは異なり、警戒されたことを察した彼女はフードを外した。
「おや、アルベルトから話を聞いていないのかい? 私は、カミーユ。情報屋さ」
「んなッ!? 情報屋ッ!?」
「あはは、本当になにも聞いていないのだな。私は君の名前も知っているよ、与一君」
目をぱちくりとさせる与一に、楽しそうに笑う彼女──カミーユ。
「私は、風精霊の声が聞こえるんだ。っま、そんなに遠くまでは聞こえないけどね」
「ははは、こりゃ一本取られたな。ん? それなら、依頼の件も知っているのか?」
「依頼? ギルドでなにかあったのかい?」
「いや、ちょっと依頼内容がおかしかったらしくて……だな?」
実際、彼女にどこまで話をしていいのかすらわからない与一。自身の問題であるが、それ以前に彼女は他人だ。そんな相手に、自分の事情を話たところで解決の糸口が見つかるわけではない。だが、彼女は情報屋──与一の知らないことを知っていて、それを売ることを生業としている。
話しておいて損は無い。なにかしら関係する情報が聞けるなら、昨日悩んでいた冒険者ギルドの疑問が解決するかもしれない。と、考えた与一は再び口を開け、
「実は、昨日の昼頃ギルドに行ったんだが────」
自身に指名依頼が来た事と、それによってセシルが怒ったこと。そして、4人で話合ったことを話しだした。