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16話

 しばらくの間、あれやこれやと意見を言い合っていた与一、セシル、アニエス、アルベルトの4人。だが、これと言った答えは出ず、ギルドがなぜこのような依頼をしたのか、という問題の解決の糸口すら掴めないでいた。


「やっぱり、転売目的っていうのが一番可能性が高いのか?」

「そうね、でも……与一が調合師だと知って、すぐに依頼をするものなのかしら」

「あぁ、そこは俺も引っ掛かってる。そんな簡単に買い取り先や、報酬額を用意できるとは思えねぇ」


 与一、アニエス、アルベルトの順に意見が飛び交う。

 結局のところ、ギルドに顔を出していなかった3日間の間に、ギルドがどう動き、どうしてそういう経緯に至ったのかすら不明なのだ。仮に、ギルドへと足を運んでいた場合、ギルドマスターやサブマスターと言った立場の人間に会って、なにかしらの情報が得られたのかもしれない。だが、与一は調合。セシルは彼の手伝い。アニエスは剣を振りにどこかへ、アルベルトは宿の仕事。と、見事なまでに誰一人としてギルドへと足を向けていないのだ。


「情報が足りなさすぎる……」


 がくり、と。与一は半分諦めた様子で項垂れる。


「大丈夫、先生は私が守る」


 調子が戻ったのか。セシルがいつものように落ち着いた口調で発言する。


「ははは、そいつは頼もしい……のか?」

「女の子に守られるのはどうかと思うぞ? まぁ、あれだな。こういうのは専門家に聞いたほうがいいかもしれん!」


「「専門家?」」


 考え込んでいたアニエスと、与一が声を揃えた。


「あぁ、ちょっと知り合いにな。いつもの場所にいるとは思うが、ちょっと探してくる。俺がいない間の店番は頼むぞ!」


 言い終えると同時に、そそくさと厨房を出ていくアルベルト。


「え、店番……?」

「私はやらないから、与一。頼んだわよ」


 悩み疲れたのか、アニエスは投げやりに言い放った。


「へいへい……。っと、セシル。ギルドに行く前に出した瓶、片付けておいてくれ」

「ん、わかった」


 外出前に、物置部屋から出した粉塵の詰め込まれた複数の瓶だが、アルベルトが気を利かせて部屋の隅に寄せたのだろう。ごたごたしていて気が付かなかった与一であったが、このまま厨房に置きっぱなしにしておくのも危ないので、セシルに頼んで片付けてもらっていた。



 

 それから、客が一向に来ないアルベルトの宿で始まった──居候の暇つぶし。


「これをこうするだろ? んで、これをだな──」


 店番などそっちのけで、物置部屋で座り込んで粉塵をいじる与一とセシル。

 シビレ草の粉塵をほんの少し手の甲に乗せ、自身の目の前に寄せる。そして、それらを勢いよく鼻で吸い込む。


「……微量だと、身体全体が麻痺するほどの効果はなし、か」

「何をしてるの?」

「いや、シビレ草の麻痺毒をほんの少しだけ摂取したらどうなるのかなって」


 楽しそうに与一の検証に付き合うセシル。

 知らないことを知ろうとする──知識欲というものは、時に周りが見えなくなるもので。与一を真似て、彼女も手の甲に粉塵を乗せる。


「なにやってるのよ!? 鼻から吸い込む馬鹿がいる!?」

「いや、まぁ。舐めるのと鼻で吸うのとじゃ、何かしら効果が違う気がしてだな?」

 

 開けたままにしていた厨房への扉の先にいたアニエスに見つかり、与一の検証は中断させられた。

 セシルの手に乗っている粉塵を払うと、彼女は溜めに溜めてから言い放った。


「こっっっの馬鹿調合師ぃいいいいいいいいいい────ッ!!!」


 耳にキンキンくるような大声に、セシルは耳を押さえた。が、与一は平然とした様子でけろっとしている。


「え? あれ?」

「…………?」


 目をぱちくりと瞬きさせる与一に、アニエスは怒った表情で首を傾げた。

 セシルが耳から手を放し、『耳が痛い』と呟いた瞬間、なにかを閃いた様子で、与一は拳で手のひらを叩いてから立ち上がった。


「アニエス……俺をぶってくれ」

「はぁ? とうとう頭までおかしくなったの?」

「ひと思いに──頼むッ!」

「ちょっと! 聞いてるの?」


 突然訳のわからないことを言い出す与一に、アニエスの怒りはどこかへと行ってしまい、変わりに困惑だけが残った。いきなり、自分を叩けと言われれば大抵の人が困るだろう。が、なぜ怒られているこのタイミングで、しかも少し真剣な表情でそれを言い出したのか。彼女には、理解しがたいものであった。


「──いくわよ?」

「あぁ、これ以上言葉はいらない。さぁ、やれ! アニエス!」


 今までの鬱憤を晴らすかのように放たれるビンタ。

 パァンという爽快感溢れる音が物置部屋に響く。が、与一はビンタされた頬を押さえるどころか、2度瞬きをして、顎に手を当てて考え込んだ。


「やっぱり、か」

「いやいやいや、やっぱりかじゃなくて。なんで思いっきりやったのに、痛がったりするどころかむしろ平気なのよ!」

「先生……?」


 流石に目の前で引っ叩かれて平然としている与一を心配したのか、セシルが袖をくいっと引っ張る。


「セシル、俺はやばいものを発見してしまったかもしれない」

「説明、お願い」

「なんなのよあなた達……はぁ、頭が痛いわ」


 説明を求めるセシルと、頭を押さえて壁に寄り掛かるアニエス。


「簡潔に言うとだな。痛みがない」


 そう、与一は『痛み』というものを微塵も感じなかった。

 最初に違和感を覚え、もしかしたらとアニエスにビンタをするように言い出し、確信したのだ。そして、その結果を元に、与一の頭の中では調合に関しての様々なアイデアが浮かび上がっていた。


「す、すごい……」

「痛みがなくなるってことは、怪我をしても気づかないってことじゃないの?」

「確かに。だがな、アニエスよ。我々にはこれがある──」


 わざとらしく、ふざけた声音で喋る与一が彼女達の前に差し出した瓶。それは、いやし草の粉塵の仕舞われているものだった。


 


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