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14話

 冒険者ギルドへと足を踏み入れた3人。

 昼頃という事もあり、ギルド内には冒険者の姿が少なく、食事をするために設けられたスペースに、軽装の冒険者達が昼食を並べているくらいであった。彼らの武器や防具と言ったものはぱっと見でも安価な物であり、この時間に依頼を終えて戻ってこれるとなると、簡単な依頼──駆け出しの者がこなす依頼を受けて、早々に終えてしまったのだろう。


 眠そうにあくびをし始めるセシルを横目に、与一は受付へと足を進める。その途中、アニエスは依頼掲示板が気になるのか、ちらりちらりと目をやっていた。


「ちょ、ちょっと掲示板見てくるわ!」


 っと、依頼を見繕いに離れていくアニエス。

 一緒に依頼をこなせなかった分、彼女もその間の出費等があったはずだ。別のパーティーと組むような性格ではないし、一人で採集依頼をこなせるほど知識もない。となると、真面目に剣を振るっていたのだろうか……。などと考えていた与一は、申し訳なさそうにその背中を眺めた。


 カウンターに近づいてくる与一に気が付いたのか、受付嬢はいそいそと散らかっていた羊皮紙などを片付け、満面の営業スマイルで出迎えてくれた。


「与一さん、お待ちしておりました。ここ3日ほどどちらへ?」

「引きこもってた。それで、俺に用事があると聞いたのだが」


 受付嬢の質問に、少し棘のある接し方をする与一。社畜(よいち)は知っている。いや、熟知している──職場に呼び出されるという事は仕事を与えられるという事。一度受ければ、『この人仕事をやってくれる』という認識を持たれ、次々と仕事を与えられ、次第に人として大事な何かを失っていくという事を。

 

「それでですねっ。与一さんに、指名依頼が来てまして」


 すっと与一の前に羊皮紙を並べる受付嬢。

 後から頼られっぱなしになるくらいなら、最初から断っておこう。と、与一は考えていた。だが、想像していた斜め上の光景が目の前に広がっていた。


「まず、こちらがですね──」


 一枚一枚を見えるように手にとっては説明をする彼女。なのだが、枚数がおかしい。8枚もあるのだ。それらを見た与一は──硬直した。

 依頼の内容を説明する受付嬢の話は、彼の耳には届いていなかった。与一の頭の中は、生前、社畜として自身の睡眠時間を削ってでも終わらせた仕事や、すました顔をして書類を渡してくる上司の記憶がフラッシュバックしていた。




 ──結局、どこにいても仕事ってものは付き纏ってくるのか。




 呑気に愛想笑いを浮かべる彼女を前に、与一は冷めていく何かを感じた。


「こちらで最後になります。こちらもポーションの納品依頼となっておりまして──」


 まるで現実に戻された気分だ。すっかり忘れていた仕事漬けの日々。朝起きて出勤して夜遅くまで残って仕事をしてと、つまらない人生だった。異世界(こっち)にきてからは楽しかったなぁ……。でも──仕事は仕事だ。

 与一の気も知らず、受付嬢は淡々とした口調で長々とした説明を終えた。そして、彼の手前へとすべての羊皮紙を纏めて差し出す。

 最初は戸惑っていた与一だが、慣れと言うものは怖い。上司に書類を渡される時と同様に、作り笑顔でそれらを受け取ろうと──


「っ……先生。断って!」


 彼の隣で話を聞いていたセシルが、眉をハの字にし、いつもは眠気を感じさせる細目を大きく見開き、与一の腕を力強く掴んで叫んだ。


「お、おい。これは仕事なんだぞ?」

「……だめ!」


 必死に何かを伝えようとするセシル。だが、上手く言葉が出てこない様子。慣れないことをしたためか、何かを訴えかけたいのか、与一の腕を掴む手は小刻みに──ぷるぷると震えている。

 こちらでの常識や、冒険者ギルドでのシステムなんて与一にはわからない。だが、彼女は違う。彼女は冒険者であり、調合師である与一を楽しそうに手伝い、いつも探求心に満ち溢れているような子だ。

 そんな彼女が、依頼を受諾しようとした与一を止めたのだ。


「せ、セシル……? って、ちょ! 引っ張るなって、おい!」


 カウンターから引き離すように、セシルは与一の袖を引っ張って黙々と歩き出す──何かを必死に堪えるかのように。


「よ、与一さんッ!?」


 カウンターをダンっと強く叩きつけて立ち上がる受付嬢。


「すまんな、そういう事で依頼は断る!」

「それでは困ります!」

「はは、なんか知らんが。ダメらしいぞ!」


 これで仕事を受けずに済む。そう思うだけで与一は自然と笑いがこぼれてきた。だが、セシルがなぜこのような行為に至ったのかはわからない。普段落ち着いている彼女が、仕事よりも与一の調合を見たいが為にこのような行動をするとも思えない。

 

 一連の騒ぎに、ギルド内にいる冒険者達からの視線が集まる──アニエスもそれに気づいた様子で、こちらへと小走りで近づいてくる。


「ど、どうしたのよ!? また、与一がなにかしたの!?」

「おいおい、まるで俺が毎度問題を起こしてるみたいな言い方やめてくれ。それより、セシル。もういいって、自分で歩けるから──ッ!!」


 ギルドを抜けた先で、彼女はぱっと与一の袖から手を離した。きょとんとする与一と、眉を寄せたアニエスがセシルを窺う。が、よく見知った彼女はそこにはいなかった。


「調合師に対する──侮辱ッ!」


 声を荒げて、力いっぱいに冒険者ギルドを睨みつける。


「ちょ、ちょっとセシル……?」

「依頼書の内容、報酬、納品数。どれもおかしかった!」


 ぷるぷると肩を震わせるセシルに、アニエスも与一もどう接すればいいのかわからなかった。


「な、なぁ。アニエス? セシルって怒るとこうなの……?」

「わからないわよ! セシルが怒るところなんて初めて見るもの……」

「はぁ、とりあえず場所を変えるぞ」

「え、えぇ。そうね。とりあえず、叔父さんの宿に向かいましょ。この時間ならお客さんも少ないだろうから」


 どうやら依頼書の内容に不満があるようだ。そう察した与一は、落ち着いた場所でセシルの話を聞くために、宿を目指して歩き出しす。その後ろを、アニエスがセシルをなだめながら手を引いて続く。




 騒動のあった後の冒険者ギルドは落ち着きを取り戻し、食事を再開する者や、『なんだったんだ?』と迷惑そうに話をする者と様々であった──ただひとり、彼女を除いて。


「………………」


 黙々と、羊皮紙に羽根ペンを走らせる受付嬢。だが、先ほどまで柔らかい笑顔であった彼女は、にぃっと不気味な笑みを浮かべ、筆を走らせていた。

 しばらくして、カウンターへとひとりの老人がやってきた。


「……これを」


 すると、彼女は低いトーンで羊皮紙を渡した。


「……あの小娘、今度また邪魔してくれようものなら──」

「今はまだ、その時ではない」

「わかってるわぁ。それに、あの調合師……少し脅せば従いそうな感じゃなぁい?」

「我々の目的は、あの調合師が使えるかどうかの調査。変な気はくれぐれも起こすでないぞ」


 そういうと、老人はギルドを後にする。


「ふふふ、楽しみねぇ……」


 ギルドの入口を眺めながら、彼女は嬉しそうにつぶやいた。

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