008 事情聴取とキャットファイト
昨日の騒動から一夜明け、俺は起きるなり早々に騎士団詰め所に呼び出された
要件は、昨日の一件の詳細を説明するためだ
城内・騎士団詰め所前
コンコン……!
「どっ!? どうぞ……」
ドアを開け中に入ると、隊長が出迎えてくれた
昨日の夜寝ぼけて俺の話を信用しなかったあの兵士が、隊長の隣の席に座り青い顔で下を向き縮こまっていた
部屋の隅に小さい机が置かれ、その責に兵士が座っている。調書を取る係だろうか
「お邪魔します、おはようございます隊長」
「救世主様! おはようございます! 昨夜はご活躍だったそうで……! 流石ですな…………!
昨晩の襲撃に対応していただいた事、王国騎士団、警備隊を代表して最大の感謝を申し上げます」
部屋に入ると座っていた隊長と昨日の騎士が席を立ち深々と頭を下げる
「いえ……」
「……救世主様…………何か、雰囲気が変わられましたな」
「まぁ……、色々ありまして」
……さすが隊長だ
俺が修行した事がわかるみたいだ
「それより……」
俺はチラと隣の席に座る夕べの兵士を見る
「どうぞ、お掛けになってください」
「失礼します」
隊長の対面に座る
先ほどからチラチラとこちらを窺うような目で見てくる
非常にウザい
「それでは、救世主様? 昨日の事を詳しくお聞かせ願えますか?」
「はい」
「……夕べ私が部屋で風呂に入っていた時に、
マキナから魔物の軍勢が北東と南西からこの街に押し寄せてきているという報告を受けました。
魔物の数は北東が三四〇大型ドラゴンを筆頭にゴブリンとオークの軍勢です。南東はサイクロプスやオーガの大型種の群れ400」
「っ!? それほどの大群だったんですか……!?」
「はい。放置していれば間違いなく街が壊滅していたと思います」
この兵士に真剣に今回の事を捉えてもらうために少し誇張しておこう
部屋の隅の席で、もう一人の兵士が何やら書き込んでいる
恐らく俺の発言した内容のメモを取っているのだろう
「それで、私は至急騎士団の詰め所……、
ここに来てこちらの兵士の方に事情を説明し、警報を鳴らして民間人の避難をしてくださいと協力を求めました。
その時こちらの兵士の方の対応に問題がありまして……」
「そ、そんな!? 私はちゃんと応対したじゃないですか……!」
「……ちゃんと? あなた夕べ夜勤の城内警備だったんじゃないんですか?
私が緊急事態だと、警報を鳴らして民間人の避難をしてくれとあなたに協力を求めた時、
欠伸をしながら生返事を返し緊急事態だと知りながら警報も鳴らさず、民間人の避難勧告も手配もせず、欠伸をしながら部屋に戻っていきましたよね?
それのどこが「ちゃんと応対した」事になるんですか?」
「そ! そんな事してませんよ!? わ、私がそのような対応をしたという証拠でもあるんですか!?」
「ありますよ? ……ご覧になられますか? 隊長…………あぁ、ここだと騎士団長とお呼びすべきですね」
「えっ……!?」
俺のその言葉で兵士が青ざめる
「はっはっは! どちらでも、救世主様の呼びやすいほうで構いませんよ。
それより……、その証拠というのを拝見させていただけますか? マキナ様のあの魔法の板の事でしょう?」
「ええ、そうです。少々お待ちを……」
マキナ? いるか?
≪はい。マキナはいつでもマスターのお傍にいますよ≫
……なんか、変な本読んだ? 君……
≪うう……だって!
この「うきうきアプローチ大作戦」に「たまにはキャラを変えてアタック!」って載ってたんですもん!≫
……わかった。俺が悪かった。部屋に帰ったら今日はゆっくり話そうか? な? だから、今はモニターを出してくれる?
≪ホントですか! 出します出します!≫
ブォン……!
≪マスター。どうぞ≫
ありがとう、マキナ
「すみません。お待たせしました……」
マキナ? 昨日の騎士団と警備隊に説明した時の映像頼む
≪はいっ≫
────────
モニターに昨日の騎士団詰め所前と警備隊本部の前でのやりとりの一部始終が映し出される
兵士の顔がみるみる青から白になり顔面蒼白になる
「……ほう。これは…………重大な事態ですね……。
この件が明るみに出れば騎士団の……、いや、国の防衛組織全体の信用は地に落ちますな…………」
隊長が顔を赤くしながら隣に座る騎士を睨みながら声を低くして言う
うん、そりゃあ上司だったら恥ずかしいですよね……これ
思いっきり部下の管理不足が部外者に露呈したわけだし……
≪マスターはこの世界に来て間もないので、マスターを知らなかったのも信用しなかったのも仕方ないとは思います。
ですが、夜勤警備の勤務中に居眠りして、緊急時だと報告された上で職務放棄するのは論外です。
ご覧の通り北東から大型ドラゴンを筆頭にゴブリンとオークの計三四〇、
南西からサイクロプスとオーガの大型種の群れが四〇0進軍していると伝えました。
これだけの危機的状況を報告されたなら最低でも見張りに確認くらいはするべきですよね≫
「同じ事が次も起これば、次は被害が出るかもしれないので言わせてもらいました。
二度とこういう事が起こらないようにしてもらいたいので」
「救世主様! マキナ様! この度の部下の不手際、誠に申し訳ありません!」
隊長に頭を下げられる
「あ……いえ、隊長に謝っていただく事では…………」
「いえ! 私の責任です!」
「これから部下の指導を徹底していただければそれで結構ですので……。あぁ…………、顔を上げてください……。隊……長……」
明らかに年上の方に頭を下げられると恐縮しちまうよ……
「はい! それはもちろんお約束します……! これからはより厳しく部下を指導していこうと思います! …………救世主様の広いお心に感謝を……!」
……こうやって隊長が頭下げてるのに、こいつは自分から頭下げないのかな…………?
「……これでも、まだ「ちゃんと対応した」とおっしゃいますか?」
「……申し訳ありません…………」
「それでは隊長。一つお願いがあります。昨日の襲撃時に気が付いた事なんですが、まずは魔物に壊されたままになっている監視塔の修理と、増設をお願いしたいです」
「やはり、監視塔の事を気が付かれましたか……」
「魔物の大群が20キロの地点に進軍してきてるのに気が付かないという今の状況はかなりまずいです。最優先で使えるようにしてください」
「まずは最低でも100キロ先まで敵の進軍に気が付けるように手配してください」
≪本当に最低ラインを言いますね。マスター≫
あまり高望みしてもできないだろ。この調子だと……
兵士を配置するにも時間は必要だろうから、これくらいの距離があれば最低限配備も民間人の避難も行えるんじゃないか
≪そうですね。本音を言えばその倍は欲しいところですが……。
欲を言えば首都を囲うように防壁もその監視塔のラインごとに欲しい所です……≫
マスター? 私もこの人たちに言いたい事があるんですがいいですか?≫
ん? いいよ。防衛に関する事?
≪はい≫
≪あのう。私、今回の魔物の襲撃に関してお二人に言いたい事があるんですが……≫
「はい。マキナ様」
「は、はい」
≪今回の襲撃、私とマスターが敵の進軍を食い止めたから被害が無く事態を収束できましたが、
私とマスターがもしいなければ多くの死者が出ていたという事を理解しておいてもらいたいです≫
≪この騎士さん……自分が怒られるのを恐れてなかった事にしようとしてるみたいですけど、そんな程度の低い話じゃないですよね。
もっと真剣に危機感を持ってください、あまりにも危機感も責任感も無さすぎです≫
「申し訳ありませんでした……。マキナ様」
「す、すみません……」
小三女子に説教される大人二人
隊長が顔を真っ赤にして兵士を睨み続けていた
「それと隊長? 私から一つ連絡事項があります」
「はいっ!」
「昨日救出したシスター達から聞いた情報なんですが、未だ魔物に捕まっているシスターや街の人がいるようなのです。今日この後救出に向かうつもりです」
「なっ……!? なんですと!? 未だ魔物に捕まっている民間人がいるのですか!?」
ガタッ
血相を変え隊長が身を乗り出しながら中腰で前のめりになる
「ええ、昨日の件もありますし、私が救出へ行っている間街の警備と城の警備を厳重にしていただけますか」
「承知しました。その役目しかと遂行します。救世主様」
「ご協力ありがとうございます。よろしくお願いします。では……私からは以上ですが、他に何かご質問等はありますか?」
「いえ! 事情は十分理解できました! 本日はお時間を割いていただき感謝いたします!」
「いえ、こちらこそ。じゃあ、私はこれで失礼します。シスター達の救出に向かわなければなりませんので……」
「あぁ……、救世主様…………? あの……、私からも一つお願い……が……」
席を立ちかけた途中、隊長から話しかけられる
「はい。何でしょう?」
「できれば……その、今回の件は内密にしていただければ…………と」
隊長が苦い顔で言う
「ええ、もちろん。口外はしませんよ。この場だけの話にしましょう。……監視塔の件お願いしますね?」
「はっ! はい! ありがとうございます! 監視塔は私が責任もって復旧させます!」
「よろしくお願いします、隊長」
「はい!」
隊長を安心させるため、ちょっと笑顔を作りながら伝えると隊長がほっとした表情になる
俺の話をまともに聞いてくれる貴重な人だ。ここでこの人の立場を悪くするのは愚策だ
席を立ち、部屋の前で一礼すると、隊長も席を立ち一礼を返してくれる
「このっ……ッ馬ッ鹿もんがああああああああああああああああああああっ!?」
ガタッガターン
退室しドアを閉めた直後……部屋の中から特大の雷が落ちる
「ひいいいいいいいいいいいいいいい!? すみませんっ! すみませっ! あっ!? やめっ!?」
隊長の怒声が場内に響き渡る
おお、隊長がお怒りになっていらっしゃる……
よっし……、マキナ? 行くか
≪はいっ≫
とりあえず、大聖堂に向かってくれ
昨日のシスター達に魔物の巣がどこにあるのか聞きたい
≪わかりましたっ≫
騎士団の詰め所前の窓が開いていた為そこから飛び立つ
マキナ? 聞きたい事があるんだが、いいか?
≪はい≫
マキナってさ? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※みたいな事ってできるか
≪可能ですが……、今はまだ…………≫
おぉ、マジで!? じゃあ……※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※する事は?
≪それも今は……すみません≫
君そんな事までできるの!? マジで!?
≪で、でも今はできませんよ?≫
え、じゃあ……※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※する、なーんて…………まっさかねー……! そんな事はいくらなんでもでき……な……
≪できます。……が、やはりそれも、まだ…………≫
えええ!? 君ホントすごいな!? できるんだ!?
≪私、デウス・エクス・マキナですから≫
それは、俺が強くなればできるようになるんだな?
≪……はい≫
……それってさ? 要するに俺が弱いからパワー不足って事?
≪はい。でもマスター? 私がそれをできるかもしれないってよく思いつきましたね?≫
マキナは俺が元の世界でやってたネトゲのボスキャラクタ――をイメージした存在だからな。
もしかしたら技も同じのができるかもしれないって思ってな。まあ、最後に聞いたのは完全に俺の妄想だけど……
≪なるほど……≫
……本来、マキナはもっと強いはずなんだ、俺が想像も出来ないくらい凄いはずなんだ
グッと拳を握り締める
もっと、もっと強くならないとな!
「……見えてきたな。大聖堂」
大聖堂前に降り立ち、マキナが翼から少女の姿に変わる
大聖堂の門を開け中に入ると、シスターたちが出迎えてくれた
「あっ!? 救世主様っ!」
「救世主様ぁ~~~~っ」
「あ……」
「みんな! 救世主様が来たわよっ!」
俺に気が付いたシスター達が全員駆け寄ってくる
「「「「救世主様っ! 昨日はありがとうございました!」」」
≪……モテモテですね。マスター…………≫
マキナがジト目で睨みながら言ってくる
……これ、モテてるって言うか…………?
この子達は昨日のお礼が言いたいだけだって……
≪いいえ、私にはそうは見えませんね。見てください、この媚びた目! まるで憧れの先輩を見るような目ですよ! 息遣いまで荒いじゃないですか!
ほらっ!? このシスターなんて若干お尻振ってますよ!? 完全に発情しきった雌の顔ですり寄ってきてるじゃないですか!≫
昨日の事で近寄って来ただけだって……考えすぎだよ、マキナ…………
≪それにこのマスターとの距離! 近い近い近いっ パーソナルスペースの距離がこの間より50センチも近いですよっ!
パーソナルディスタンスの距離ですよ! コレ! 2M! 後退して2M距離を取りましょう! 危険です!」
おいおい……、こうして話してるのにだぞ?
俺が突然後退りなんてしてみろ? めちゃくちゃ不自然かつ不審だろ……
≪マスターの身の安全の為ですっ≫
「救世主様……? 今日は何か御用でしょうか?
あっ? いえっ、遊びに来てくださったのなら全然大歓迎なんですけど……!」
「ああ、えっと……、捕まってたシスターたちに話を聞きたくてさ…………。
まだ捕まっているシスターたちがいるみたいだから、助けに行くつもりなんだ。詳しい話を聞かせてくれるかな」
言いながら、昨日捕まっていたシスター達に目を向ける
「っ! た、助けに行ってくださるんですか!? 救世主様!」
「お願いしますっ! あっ、あの! わ、私にできる事ならなんでもしますからっ! あっ……、夜伽をご所望でしたよね!? 私でよければ…………!」
「ちょっ!? あんた何をドサクサ紛れに何言ってるの!? こいつはあたしのなんだからね!?」
おいおいおいおい?
ツンデレシスターさんや? ゴブリンに殴られて頭打ったの?
唐突にデレるのやめろコラ? 俺お前の名前すら知らねえよ
≪ほーらー!? やっぱりそうじゃないですかあ!?≫
あああ!? マキナさんまでお怒りですか!?
「……ねえ? 貴方。救世主様の正妻ぶるのやめてくれないかしら…………? 正直不快だわ」
「木から下すとき、私とあんたどっちを選んで降ろしたっけ? 確かあんたはそこの神器様に降ろしてもらったんじゃなかったっけ?
こいつは「私」を選んだのよ? これは動かしようのない事実よ!」
ツンデレシスターが少し勝ち誇ったような表情で胸を逸らし言う
「それを言うなら救世主様が最初に安全な場所に移したのは誰だったかしら!? 私よね! あの場にいた誰より私が一番大切だったって事よ!」
「ハンっ! そりゃあんたが一番近かったってだけの話でしょーが! ちょっと頭が悪いんじゃない!?」
「あなたなんて木の上に運ばれる時荷物みたいに担がれてたくせに! 私の時はお姫様抱っこで優しく運んでくれたのよ!?」
「あんたって本当に馬鹿ね? あれだけ敵に囲まれてる状況だったのよ? そうする余裕がなかったってだけでしょ! そんな事もわからないの!?
頭に行く栄養が全部そのだらしなくぶら下げてる水風船に吸い取られてるんじゃない!?」
「貴方って胸が貧しいだけじゃなく品性も貧しいのね? 言葉遣いも下品だわ。そんな人救世主様に相応しくないわ!」
≪胸が……貧しいと…………マスターに相応しくない…………?≫
ゴゴゴゴゴゴゴ……
まずい!? マキナが! マキナが肩を震わせてる!
ヤバいって! マキナの背後に「ゴゴゴゴゴゴゴ……」って漫符が見えるくらい怒ってるって!
おい!? お前ら!? いい加減にやめろ!? 本気でまずいから! この大聖堂消し飛んじゃうぞ!
≪…………。マスター?≫
今まで見た事もない暗い目で見られる
は、はい……?
≪今日の救出作戦……私、頑張りますね…………?≫
お……おう…………。期待……してる、……ぜ……?
≪はい……≫
マキナちゃん!? なんて殺気を出してるの!?
ちょっと……、今日討伐にいく魔物たちが可哀想に思えてきたじゃねえか…………
「あんたなんてゴブリンに服破かれただけでピィピィ泣いてたくせに!」
「それは貴方も同じでしょう!? あなたがゴブリンにお腹蹴られた時の顔! 笑い堪えるの大変だったんだから……!」
「なっ?」
「────何よ?」
ダメだこりゃ。話が進まねえ……
「……はい。やめようね。とりあえず、昨日捕まってた三人に話聞かせてほしい。…………どこか部屋空いてるかな」
「あっ……!? ごっ、ごめんなさい…………救世主様っ! 救世主様の前で私ったらはしたない……やだわ、も……う……」
「う……。ご、ごめん…………」
俺に止められ少々居心地わるそうな雰囲気のシスター二人の目線がチラと重なり……
「「……っ!? …………フンっ!」」
二人同時にそっぽを向く
いや、お前ら実は仲良しだろ?
「救世主様、お部屋をご用意します。少々お待ちを」
数分後、教会の一室に通される
「さて……。昨日の件について、話聞かせてくれるかな」
「は、はい……。
「う、うん……。わかった」
「はい。救世主様……」
昨日の襲撃についておかしな点はいくつもあるが、このシスターたちに聞きたいことは別にある
そもそもシスターたちがいつどうやって、魔物にさらわれたのかが知りたい
シスターたちが攫われたのなら、街の警備隊や騎士団が大騒ぎしてるはずだ
知っているのなら、騎士団が救出部隊を編成するとか、そういう話がそこかしこから聞こえてくるはずだ。
しかしそう言った話は耳に入ってこなかった
昨日、門の前でシスター達を警備隊、騎士団の連中と引き合わせた時の感じだと、
「なぜシスターが外にいるのか?」みたいな反応を返していた。
となると誘拐された事自体知らなかったって事になる
当然知らないのだから騒ぎも起きない
俺が修行場にいる間はこの街をマキナが監視してくれてる、それでどうやって攫われたのか
やっぱり、マキナの情報収集を妨害できる相手がこの世界にいる……
最強の機神「デウス・エクス・マキナ」の能力を超える相手……?
考えていて身震いしてしまう
シスター達から攫われた時の状況を聞く
……やっぱりか
「はぁ……」
窓へ顔を向け空を見上げため息をつく
マジかよ……。この妄想だけは当たってくれるなよ────