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死神の少女


 夏の暑さに目が眩みそうになる。

 父なる太陽は地に住まう人々へ平等にその陽光を与え続けていた。


 今この国――ロズベルト王国は真夏である。

 少し動けば、肌には数的に雫が零れ落ち、タオルや冷たい飲み物が手放せないほどだ。

 ただ、湿度はそれほど高くなく、じめじめとした暑さでない事だけが救いであった。


「エミリア、そっちはどうだ?」


 同僚の男性がナイフを片手にそう問うてくる。

 彼は暑さを疎んじながら反対側の手で顎を伝う汗を拭っていた。

 身に着けている衣装は真夏のものとは思えぬほど肌を隠し、またその色が黒で統一されていた事も関係しているのだろう。


「もうちょっとまってダージ」

 エミリアと呼ばれた女性も同じように黒い衣装を身に纏っていた

 語りかけてきた男性、ダージに返事をしてから、彼と揃いのナイフを掲げる。

 刃こぼれがないかを確認し、目の前に横たわる鹿の魔物に突き立てる。

 骨を避け、筋を削ぎ取るよう器用に刃を滑らせていく。

 ぎちぎちと嫌な音を立てて剥がれていく肉から視線を反らさず、エミリアは肉を少しずつ切り開いた。


「こうも暑くちゃ、やってられないよな」

 ダージの呟きにエミリアも小さく頷いた。

「まあね、でも仕事だから――私たちの仕事でしょ」

 ザクリ、と深所に刃が突き立てられた。




 ロズベルト王国は新緑地にある大国で、国としての規模はそれなりに大きい。

 中央部と呼ばれる王城都市を中心として、その周りにある領地を守っている。

 周辺諸国との関係は概ね良好、パフォーマンスを含め多少の小競り合いは発生するが、平和と称しても問題は無い。


 だが、平和といってもそれは人間同士の話だけであり、魔物相手ではそうとは言い切れなかった。


 あちらから見ればこちらは縄張りへの侵入者であり、こちらから見ればあちらも同じく侵略者なのだ。

 下手をすれば小競り合いよりも大きな損害を出してくるし、魔物故に人の常識は通用しないので戦うにしては厄介な相手だ。

 それに加えて警戒すべき魔物が星の数ほど存在しているともなれば、その損害は致し方のないことなのかもしれない。


 だが、人間たちも魔物の侵入に対し、黙って見ている訳ではない。


 王国は人々の安全と暮らしを守るために、国を挙げて魔物の討伐隊を結成した。

 残念なことに至るところで魔物による被害は起きているが、結成前と比べれば目を見張るほどの成果を上げている。

 やりがいもあり、評価も高く、給金も良い。運が良ければ恩賞として爵位も賜れる、素敵な職業だ。


 そしてエミリヤとダージは、そんな栄えある魔物討伐隊――ではなく、それの下位組織に身を置いている。



「どうだ、エミリア」

「今見てる」

 今し方、エミリアが捌いているのは鹿によく似た魔物だ。

 サイズは大型で、小型のドラゴンほどの背丈をしている。ツノは槍のように鋭く、非常に獰猛な性格だ。あのツノに貫かれた者の殆どは絶命すると言われている。

 だが、こいつの一番恐ろしいところは、肉や魚といった血肉の通う生物を好む事にあることだろう。

 小型なものだけではなく、大型も捕食対象というのだから恐ろしいものだ。過去に、被害報告も何件か上がっている。

 野良犬、飼われている馬、それから――。


「いたよ、ダージ」

 エミリアはナイフをより深く突き刺した。

 魔物の中にある肉を掻き分け、たどり着いたのは胃袋だ。魔物が備えている数個の胃袋はどれも膨らんでいた。

 その中で一際大きく膨らんでいる胃袋を切り口から引き摺り出した。大きさはかなりのもので、小さな子ならばすっぽりと入りそうなほどだ。

 エミリアは迷う事なく胃袋にナイフを滑らせる。中身が傷つかぬように、慎重に切り開けばそこに収まっていたのは人の頭部だ。

 半分ほどは人の形を保っている、残りは消化されてしまったのだろう。


「おっと、居たな(・・・)

「この辺りでの行方不明者は」

「確か……、近くの農家から出てたな」

「なるほど、決まりね」

「んじゃ、エミリア。先に王都へ戻って報告しておいてもらえるか?」

「いいけど、ダージは?」

「お掃除がまだなもんでね」

 ダージは茶化すように辺りを掌で示す。

 周囲で育てられていた綿花はおびただしい量の血を吸って赤くなっている。

 その足元には何物か分からぬ人間のパーツが数個と、収穫用のハサミが落ちていた。



 二人が所属している下位組織の名は『清掃ギルド』

 国内に乱立しているギルドの一つであり、お上である討伐隊の後処理が主な仕事だ。

 そして、お上の仕事は魔物の討伐である。

 かの者らは魔物を討伐し終えたら、報告やら次の仕事やらで王城へと引き返していくのだ――惨劇の舞台をそのままに。

 それらを綺麗に清掃するのがエミリアたちが所属する清掃ギルドの仕事だ。



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 エミリアは魔物の襲撃現場を後にし、王城へと向かう。

 夏の装いをした者たちとは違い、清掃ギルドの者が着ている服は露出の少ないものだ。

 首元や手先を隠すような衣装は町の中でも浮いており、その衣を見たものは踵を返すように去っていく。

 この服は清掃ギルドの制服だ。城下の者ならば知らぬものはいない。

 だからこそ、先ほどのように避けられてしまうのだ。


 清掃ギルドの者には近寄ってはいけない。あいつらは死神なんだ。


 それはこの国の子供ならば一度は聞いたことのある台詞だろう。

 魔物を倒して安全をもたらしてくれる討伐隊とは違い、清掃ギルドは犠牲になってしまった誰かの死を運んでいる『死神』に近しい者らだという。


 エミリアは常々より馬鹿げた話だなと考えていた。

 人が死んだのは全て魔物のせいである。

 尊い命が失われた悲しみは理解するが、どうしてそれが清掃ギルドへの忌諱なのだろうか。


 清掃ギルドがもたらすのは人の死ではなく、事件の真相と訃報だけだ。


 訃報を運ぶ者らを疎んだとしても何もいいことなんて無いのに、まったくもって理解ができない。


 エミリアは足早に路を進む。

 真夏の陽光よりも、人々の視線の方が気になって仕方がないせいだ。


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