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②ミミズ女と根暗男

運動の授業は人としての基礎体力をつけるためには必要な科目だ。

しかし、出なかったところで内申に響くほどに強制力がない授業なので、運動をしたくない多くの生徒はこの授業をサボっている。

私も実のところその一人だ。

だって、授業に出れば汗はかいてしまうことはもちろん、1時間半かけて塗りたくったファンデーションが取れてしまうではないか。

そうなればまた大勢の視線にさらされてしまう。

あんな思いはなるべくならしたくない。

私は日陰がある中庭裏で授業が終わるのを待った。

そんな中、一人の陰気を放つ短髪ながらボリュームのあるぼさぼさ紫髪頭の男性が現れた。

え......?だれ??と驚いていると。男性の後に続いて女性徒が現れた。

錦布を感じさせるあざやかなブロンドを結わえ、気の強そうなつり目と勝気な表情が印象的な女性。知っている。彼女はこの学園でも結構有名な伯爵家の令嬢、アンジェだ。

ということはあのぼさぼさ髪の人はアーノルド・ハスター。ハスター伯爵の嫡男でアンジェの婚約者という話はこの学園の中でも有名なものひとつだ。

そんな二人がどうして......。

「アーノルド、急だけど、私たち、婚約を解消しましょう」

「…………え、どういうことだ」

「本当に鈍い殿方。あなたのその陰湿な見た目と私が釣り合うわけないでしょう。おまけに頭の回転も鈍いし。だから、婚約解消。おわかり??」

「アンジェ……、それは家の総意なのか?」

「そんなわけないでしょう、総意だったら婚約が決まった時点ですぐに解消されています。ですが、私、前から申し上げていましたようにあなたを未来の夫として受け入れることができません。――ですので」

「――アンジェ、話ってなにかな」

「――なっ」

「ああ、ハンス、お待ち申し上げておりました」

中庭裏のベンチはアーノルドたちが立っている場所から死角になっているのだろうか、私の存在に築かずに話が展開していく。

聞いていた話をまとめると、アーノルドは婚約者のアンジェに婚約解消を申し出られて、そこにアンジェの間男が乱入したということなのか。

……まったく理解できない展開だ。

とくにやることもないので趣味は悪いがこのまま聞き耳を立てていると、アンジェたちは言いたいことをいって去っていく。

しばらくするとアーノルドらしき噛み締めるような泣き声が聞こえてきた。

泣きたくなるだろう。好きだった婚約者に別れを切り出され、間男まで目の当たりにしたのだ。

しかも自身を見下すような雑言を浴びせられれば精神的にくるものがある。

……さて、私もここから離れたいところだが、ここから中庭に戻るにはアーノルドが座り込んでいる道を通らなければいけない。

つまり、アーノルドに気づかれないようにここから離れるには、彼自身にここから離れてもらわなければならないのだ。

ああ、どうしよう。そろそろ授業が終わるのに動くことができない。

これが人の話に聞き耳を立ててしまった代償なのだろうか。

さすがに趣味が悪いと思うが、こんな神様の悪戯的展開だれが予想しただろうか。

アーノルドの様子をうかがっていると気を持ち直したのか、この場から移動するために私が座っているベンチに近づいてきた。

まずい、非常にまずい。

どこかに隠れようと腰を持ち上げるが、時すでに遅し。

泣き腫らしたアーノルドと目があった。

「「あ」」

目があったときに感じたのは「もったいない」だ。

ぼさぼさの髪の毛に弱気な表情、顔の毛は手入れされていないのか無精ひげがうっすらと生えて服もよれよれだが、元はわるくない。

たれ目のアメジストの瞳がより魅力的に見えるように身なりを整えれば店に並ぶジュエリーより美しく輝くし、相応以上のイケメンに変貌するのに。

それをしないのはなんでなんだろうと純粋に疑問に思った。

「しょ、初対面なのに失礼なやつだな」

「え?」

「もったいないって声にでてたぞ」

「……ごめんなさい」

びくびくと身を震わせながらも私に怪訝な表情を向けるアーノルド。

「ず、ずっと、み……み、みてたのか」

「あ、はい」

さきほどは流暢に言葉を紡いでいたのに、極度の人見知りなのだろうか。どもりながら私に質問を繰り返した。

「お、おまえ、あれだろ、う、噂の……」

「ミミズ女、ですか」

こくりとアーノルドがうなずく。

「その呼び方はやめてください。私にはれっきとした……」

「ご、ごめん、そういう意味で話題に、出したんじゃない」

「……わかりました。私もあなたの話を聞いてしまったのでおあいこということで」

アーノルドはなぜか私が座っているベンチに腰を下ろした。

「…………?」

「ぼ、僕ってそんなに魅力がないのか」

「え、なんですか藪から棒に」

「聞いてたんだろ、答えてくれよ。……こ、婚約者にふられた哀れな僕に」

「…………」

アメジストの瞳の下にある目のクマがさらに濃くなったと錯覚するほどに、アーノルドの表情はさらに暗いものになる。

彼のショックの大きさは想像できる。だが、彼が求める答えは私には出せなかった。

「個人的にはっきりと申し上げれば、まぁ、ないですね。」

「は……はっきり言うな......」

「媚びる答えは求めていないでしょ?」

それに、私は嘘が苦手だ。

「……そうだよな、こんな醜い男を好きになるやつなんか……」

「なにを勘違いしているんです?私は「今」のあなたに魅力がないと思っただけですけど」

「え?」

「だってそうでしょう?髪の毛はぼさぼさ、無精ひげっていっても手入れが行き届いてないし。服だってよれよれ。とくに見た目を気にする女子なら近寄りたくないです」

「うっ……」

ありのままの印象を申し上げる。彼がまとう陰気は以前の私と少し似ていた。だれからも好かれることがないから見た目を気にすることなく、内向的にネガティブになってなにごとからもあきらめている。

その姿を好きになる人などどこにいようか。

……私も人のこと言えないけど。

すこしでも変わりたいと思うのなら変えられるところは変えるべきだと私は感じた。

なにより、元はイケメンなのにその装いはとても勿体ない。

「ですので、アーノルドさん。少しだけ、ほんのちょっと私に付き合ってください」

「な、なにする、んだよ」

「なにって。アーノルドさん改革計画です。ちょっと見た目を弄らせてほしいだけです」

「ひ、ひっぱるな、力、つよっ!あ、ちょ......」

アーノルドさんは思ったより非力なのか、私が強く腕を引っ張っただけでよろけた。

「や、わかった、付き合うから、ひっぱるなぁ……」

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