⑩化粧師までのスタートライン
「今回は本当に助かったよエミリー嬢」
「お礼の言葉は十分に受け取りました。なので……」
王宮の帰り道、フォルテは女王のいいつけ通りに私たちを学園の寮まで送り届けてくれる。
その間、何度もお礼の言葉を述べられるので、いい加減にしてほしいと思い、咄嗟にフォルテの口をふさいでしまう。
「んぐ」
「あ、申し訳ございません……きゃっ!」
だが、掌を舐められることでその手を外してしまう。フォルテはにやっと口端をあげた。
……きたまみるこの笑顔妙に気になるんだよな。
「そうか、君がそういうならこれ以上は口にしないよ。……それで今回の食事会は君のおかげでうまくいくことだろう。これで母上の名声がとりもどせ、僕の地位もより盤石なものとなる」
「それはようございました」
「君は困らないのか?」
「フォルテ様の地位がより盤石なものとなって、アルト様の王位権がより遠く手の届かないものになることについてですか?」
まぁ、それについてはぶっちゃけどうでもいい。私は王の嫁に固執しないし、なにより面倒くさい。それに、今回の件で思ったのだ。
私、化粧師になりたいと。自分の顔もそうだが、アーノルドのときも女王のときも他人の顔をより綺麗にしていくときに感じる満足感と化粧を施したときの達成感はなによりも得難いものだった。
それ抜きにしてもアルトの嫁になるのはごめんなので、折をみて婚約解消できればいいなーとも思っているので。
フォルテ様の地位がよりよいものになりアルトの地位が下がることは強いて言えば大歓迎だ。
「それは……言わなくてもわかっているのでは?」
私の行動からかんがみるにそれは承知していると彼もわかっているはずなのに。何がいいたいのだろうか、この男は。
「ふぅーん。ま、君がいいならそれでいいけど。それでさ、ひとつ相談なんだけど」
「……なんでしょう」
「君、アルトを捨てて僕の婚約者になってみる?」
「え、……は?え、ええ~~~~~!!」
「うるさいんだけど」
突然の申し出に頭が真っ白になる。つまるところ、これはぷろぽーずなのか?
誰かに問いたいところだが答えてくれる人なんてどこにもいない。
「な、なんでですか?アルト様ならともかく、フォルテ様なら引く手あまたでしょう?それに王候補なら国内で探さなくても、他国からふさわしい令嬢を探せるでしょう」
「やだよ、どこの馬の骨とも知らない女に僕の子種をあげるなんて」
「下ネタ!よくない!」
「それに、面白くない女、取り柄がない女って僕嫌なんだよね。だったら手近で面白そうな女を見繕ったほうがいいでしょう?」
「それ、私のことですか?」
フォルテは肩を寄せて、耳に息を吹きかける。
急な行為に思わず、鳥肌が立ってしまった。それにイケメンにそんなことされるとちょっと気恥ずかしい。
「ひゃ、や、やめてください」
「なに、照れてんの?アルトと別れたらこの先のこと――」
「あ、あのぅ……」
空気と化したアーノルドは申し訳なさげに私たちに声をかける。弱弱しい声に我に返り、フォルテから視線を外す。
アーノルドに感謝だ。
「なに、ニキビくん。今いいところなんだけど」
「に、ニキビ……くん。ニキビ、二、ニキビ……」
「……ごめん、気にしてたんだ」
フォルテの軽口にわかりやすくへこんだアーノルドはその場にしゃがみのの字を書き始めた。
「そ、それでアーノルド、なにか話があったんじゃないの?」
「あ、そうだ。……今日のことで思ったんだけど、エミリー僕と化粧品取り扱う会社立ち上げない?僕が製造販売を行ってエミリーは専属の化粧師なんてどう?絶対に売れる予感がする」
「……面白そう。いいの?」
「う、うん。侯爵令嬢にこういうのはどうかとおもうんだけど、エミリーとならいい商売できそうだなって……思った」
友達と会社を立ち上げる、か。そういうのは考えていなかった。化粧師になるとしても、友達と一緒なら、と思うと心躍る。
「ちょっと待て、なに?そんな面白そうな計画に俺をのけ者?俺の前でそんな話する?」
「ご、ごめんなさい~!今思ったのですぐに言葉にしたいとおもってぇ……」
「高い声を出すな!......まぁ、そうだな、そんな面白いことを耳にしたんだ。俺も一枚かませてもらおう」
「え?殿下が......?」
「駄目なのか?」
「いえ、いえ!ぼ、僕はいいんですけど......」
ちらっと私に視線を送るアーノルドに、私は任せるとうなずいた。
「で、殿下がよろしければ……」
「話がわかるじゃないか!アーノルド!そうと決まれば今日は君の家に泊まるぞ!時は有限だ!有意義に使わなければな」
「え、い、今からですか……?」
……とりあえず、婚約の話がうやむやになってよかった。
それよりも、この三人で会社設立かぁ……。
生前ではあまり人とかかわらないようにしていたが、こういった縁も大切なんだなとしみじみと感じた。
私は右頬に手をあてて少し盛り上がった痕を撫でる。
私の存在を無視して先を急ぐ二人に追いつこうと私は速足で二人のもとに向かった。
これは、異世界転生を果たした私が令嬢化粧師になると決めるまでの物語である。
―完―




