双傍
異様な熱感であった。
焦熱の臭気が部屋全体に満ちているというのに、炎の気配が一切ない。
紙も、燃えていない。
燃え、焦がされているのは、ただ一人。
影代鳴委の、上履きと、制服のみ。
汗ばんだ肌を覗かせ、今、下着の端を焦がされ――
「いっそ、手間が省ける、というものかしら」
――床に、落ちる。
汗の珠が、落ちる。
産毛が微かに震える。
肉の奥から熱が湧きだす。
焦熱の臭気に、獣臭が滲み出す。
「おや」
月法寺護が頬を拭う。
指先を、血が濡らす。
肉が、鋭く削られている。
頬だけではない。
四肢、胴体、制服ごと切り刻まれている。
鳴委の蹴りに。
「私をここに足止めするつもりだったのでしょう」
「そうだな」
「それでその有様かしら」
獣臭が、強まる。
鳴委の奥からせり上がっている。
「言う事を聞いてくれないと思ったのだが」
護の指が、机の裏をなぞる。
「早計ね」
鳴委自身は、東洋の術を知っている訳ではない。
だが分かる。
護は何かしらの術を仕掛けている。
図書室全体に、追い込まれる度――床に本棚に天井に、血で以て何かの念を込めている。
「聞けば、申し出を聴いてくれたか」
護もまた、それを認識している。
「たまにはいい闘いをしてみたい気分になるの」
「だろうな」
鳴委が目を細め、
「それに、お互い呼ばれたわね」
護に向ける。
「そのようだ」
相互い、視線を交わし――
「次は喰らってあげる」
「歓迎してやる」
――窓を開く。
*
低く、重い響きが、熱を伴って空間を満たす。
廊下――熱の源は、二人。
銀城鍔裂。
雄斗・ホワイトキルヒェ。
言葉も無く、ひたすら殴り合い、受け止め合う。
堅牢な肉体を持つ者同士で可能な、どこまでもフェアな対話。
「聞こえたか」
正拳。
雄斗が呟く。
「ああ」
肩に受けながら、鍔裂――同じく正拳。
「呼んでいるぞ」
掌を、真向受ける。
骨を駆ける衝撃――雄斗はたまらなく嬉しくなる。
「行かないのか」
無拍子――直突き。
鍔裂の顔面へ。
「行くさ」
避けない。
むしろ、顔面を叩きつける。
骨が軋む。
肉が波打ち――歯を食いしばり、押しとどめる。
互いに感じる。
骨の奥にある熱を。
「見たいな」
雄斗――正拳。
「ああ」
鍔裂――正拳。
相顔面に叩き込み――窓ガラスへ身を投げる。