焦影
昏く、灼ける、空。
夕焼けの色が、影代鳴委は好きだった。
図書室で眺める夕焼けは、ことさら。
放課後の多くを、鳴は図書室で過ごす。
それは立生、そして鍔裂が補習を受ける時間と重なる。
補習の対象外となった己に、教室にいる場所は無い。
気付けば一人、
「この学校は色々な本があるな」
机を挟んで、前に一人。
微睡みかけた視線を、ゆっくりと向ける。
どこか、ふわりとした少年であった。
体つきが細い訳では無い。
一見、学ランの上からみれば中肉中背であるが。
立ち姿が、静かで、重い。
ただ鍛えているだけでは得られぬ挙措である。
鳴委の眼が、聴覚が、眼前の少年の縁取りの奥を浚い、告げる。
「転校生、の方かしら」
クラスに来た者と同じ。
来訪者――戦いの理を知る者。
「よく分かったな」
血を見るつもりである。
「うちのクラスにも一人ね」
「君はどんな本を読む」
唐突すぎる問い――意味など無い、おそらく。
何かしらの機を探っている。
ならば探らせる。
「色々、といったところかしら」
特に本が好きと言う訳では無い。
だが。
目的が無い訳では無い。
弁論術。スピーチ。演説。それらを論じたものや、テクニックに関しての書籍。
如何にして相手を言いくるめ、黙らせるか。
他の生徒に使うつもりはない。
教員相手でもない。
所詮は付け焼き刃のテクニックでしかない。
ただ。
鍔裂だけ。
鍔裂相手に使うのみである。
かつては、巧言を弄する必要もなかった。
だが今は。
もはや、そのようなつながりしか作れない。
いや、
「もう一人はどこにいるのかしら」
この時だけは、つながりがある。
「さて」
視線を巡らせる。
影は、まだある。
椅子の影に爪先を、
「……まぁ」
苦く、熱い臭気が沸く。
上履きの裏。ゴムが焼けている。
「摩利支天法……間違っても祖霊を呼んで渡ろうとは思うなよ」
「間違っても来ることはないわね」
嘆息し、鳴委が、跳ね上がる。
左手が、スカートの縁を押さえ、右脚が躍る。
閃き、巡り、
「見切れんか」
少年の顎を掠め、
「安くはないのよ」
机の縁に、腰かける。
脚を組む。
見せつける。
夕焼けにあっても、艶めかしい白さが滲む。
かすかに汗ばんだ肌に。
少年は、見る。
脚を縁取る、煽情的な線。
その奥。
太く、鋭く、練り上げられた筋肉の脈動を。
「出来ればこのまま本について語らいたいところだが」
改めて、少年は一歩出る。
戻る。
蹴りは見切った。
「この調子では」
だが――
「病院では済まなくなる」
――この女はまだ蹴れる。
もっと速く、鋭く。
「この月法寺・護、女を傷つけた事は無い」
声が、震えている。
唇が引き結ばれ……その端が、歪む。
「……無いのだ」
月法寺護は、笑みを隠し切れなかった。