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合宿最終日は、他校のチームを招いて練習試合を行うことになった。
とは言っても、試合をするのは男子だけだ。
女子は試合の相手が捕まらず、いつも通りの練習メニューとなった。それ故女子チームから多大な不平不満が零れたのは、当然の成り行きである。
「合宿の最終日ということで、疲れもピークに達しているかと思います。でも、だからこそここで試合をやる意味はあると思うんです」
アップを終えた大翔たち男子チームを前にして、花都先生が言った。
「勝敗は問いません。今日は特に指示も出さないつもりです。みなさんそれぞれで、今回の合宿で得たものを存分に発揮してください」
「「はい!」」
一同は元気よく気合の入った返事をした。
それを満足そうに一折見回し、花都先生は続ける。
「一番長内くん、二番早坂くん、三番白峰くん、四番木ノ葉くん、五番百合ヶ丘くん。スタートはこの五人で行きますが、試合展開に関係なく選手はどんどん入れ替えていくつもりなので、みなさんしっかり準備しておいてください」
「「はい!」」
そこで花都先生は、パンパン、と景気づけに手を打った。
「風見鶏高校新チーム、初の練習試合です。張り切って行きましょうね!」
「「はい!」」
こうして、新チーム始動来の初の他校戦――超歩危高校との練習試合が幕を開けた。
*
まさか自分がスタメンに選ばれるとは。
嬉しい反面、どこか心の準備が追い付かないでいた。紡にとって、練習試合とはいえ、こうした他校との試合に出るのは実に二年ぶりのことだ。冷静でいろという方が無茶な注文かもしれない。
そんな中、三年生の先輩である木ノ葉が、紡のすぐ傍までやってきて囁いた。
「俺と白峰でスリーを狙ってディフェンスを外に引き出すから、お前は逆サイドからカットイン狙え。百合ヶ丘にボールが入ったときにも注意しろよ。アイツはノールックでもバンバン外にボール出してくるから。一瞬たりとも目を離すな」
「は、はい。わかりました!」
考え事をしていたところに突然言われたものだから、思わず返事が上擦ってしまった。それを聞いた木ノ葉はからかうように笑いながら、
「どうした。緊張してるのか」
たまらず紡も苦笑いになる。
「すいません。ちゃんとした試合って久しぶりなんです」
「そうか。まあ、始まっちまえばすぐになれるさ。ミスは気にしなくていい。思い切ってやれ」
「は、はい!」
そう返事をしたところで、審判が笛を鳴らす。風高五人と超歩危高校の五人が一礼し、「「お願いします!」」と声を揃えた。
そしてティップオフ――試合開始だ。
最初の攻撃権を得たのは風高だった。
一番――ポイントガードの長内修にボールが渡る。力強いドリブルで彼がセンターラインを越えるころ、すでに百合ヶ丘はインサイドに自ら場所取りし、白峰と木ノ葉はそれぞれ右サイドと左サイドに散開していた。
紡はとりあえず長内のフォローに回ることにする。ひとまずは様子見だ。出鼻でミスをすると後々やりずらい。冷静に、慎重に、ここぞというときが来るまで待っ――
そう考えたところである。
あっという間であった。
力強くもゆっくりとしたドリブルで上がっていた修が、途端に鋭く切り込んだ。その動きと入れ替わるように白峰が修の後ろに回る。
そして白峰にパス。
続けざま流れるように、インサイドの百合ヶ丘にボールが渡った。
そしてワンドリブル、ツードリブル。百合ヶ丘はドリブルで中へと切り込む。慌てた超歩危高校のディフェンダーたちが百合ヶ丘を止めに来るが、それは明らかに失敗だった。
いや、いずれにせよ。そのままでは百合ヶ丘が点を取っていただろう。だから超歩危高校勢のその判断が悪かったとは言い難い。
百合ヶ丘は、あっさりノーマークにされた木ノ葉を見逃さなかった。自らシュートを狙う素振りを見せつつ、ノールックで木ノ葉へとパスを出す。
この試合の先制点は、木ノ葉によるスリーポイントシュートだった。
試合開始九秒。超歩危高校の出鼻をくじくには十分だった。
「……すごい」
風高メンバーの中で一人きょとんとしている紡は、思わずそう呟く。
不意に木ノ葉に肩をとんと叩かれた。
「遠慮してる暇なんてないぞ」
「え?」
本日の風高のディフェンスのフォーメーションはハーフコートマンツーだ。紡たちは素早く自身のゴールを死守するべく、自陣側へ戻って行く。
そんな中、ニッと不敵な笑みを浮かべつつ、木ノ葉は続けた。
「お前の持ち味はなんだ?」
紡の中で、歯車がカチッとかみ合う感触がした。
――僕の、持ち味……
聞かれるまでもない。
もっと言ってしまえば、考えるまでもない。
なにせ、その持ち味を伸ばすために、この二年間を費やしてきたのだ。
『俺は、あんな風に強気で攻めていける君が羨ましい』
その持ち味を教えてくれたあの人の、あの日の言葉が脳裏を巡る。
尊敬する飛永先輩が、羨ましいとまで言ってくれた僕の持ち味。
今こそ、二年間の特訓の成果を見せるときではないか?