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十五分ほど歩き、大翔たちはある一軒家にたどり着いた。生垣に囲まれた、大きな敷地を持つ立派な家だ。庭を縦断する石畳を抜けて、まずは紡が玄関のドアを開く。
「ただいま」
「おじゃまします」「……ます」
ややあって姿を見せたのは、紡のお母さんらしき人だ。さすがこんなに可愛い息子を生んだだけあって、相応のお年を召しているはずなのに、それを感じさせないとても綺麗な人だった。
「どうも、息子がお世話になってます。紡の母です」
「はじめまして。一応男バスのキャプテンをやらせてもらっている、飛永です」
「……硲下です」
軽い自己紹介のあと、大翔と硲下は紡の自室に案内してもらうことになった。現在は徳島市内に住む姉のアパートに間借りさせて貰っているらしい紡だが、実家で使っていた自室もそのまましてあるらしい。
その部屋はしばらく廊下を進んで、縁側を沿った先、その突き当たりに構えられていた。そしていよいよ紡がドアノブを捻ろうとした、そのときである。
彼は何かに勘付いたように、ピタリとその動きをとめた。
「飛永先輩、硲下先輩、少し下がってください」
「え?」
言うが早いか、紡は一つ深呼吸、ドアを一気に押し開く。
すると中から唐突に何かが飛来した。
恐らくは人間――しかも女性だ。
しかしその女性が謎の特攻を仕掛けてくるのをはなから察していたらしい紡は、それを軽く躱してその胴体に見事なひじ打ちを叩き込む。続けざま別人のような腕力を発揮して、紡はそのぐったりとした女性の体をすぐ隣の部屋に放り込んだ。
この一連の流れ、わずか二秒の出来事だ。
いったい何が何やら状況のわからない大翔と硲下は、ただ立ち尽くしていた。
再び深呼吸をしたのち、何事もなかったような、いつも通り可愛い笑顔で紡は振り返る。
「お騒がせしました、こっちです」
「お……おう」
穏やかな面持ちの中に、紡が言外に「今のことに触れるな」という意思を込めていたのを察した大翔はあえてそこを掘り下げないことにした。
しかしだ。
「っ⁉」
扉を開けて自分の部屋を見た紡が、体をびくつかせて再び立ち止まる。踏み込んだ一歩目をすぐさま引っ込め、ドアを後ろ手に閉めてしまった。
「す、すいません。か、かなり散らかってるみたいで……」
顔を真っ赤にして、紡は恥ずかしそうに言った。どうやら久しぶりに入った自分の部屋が思いのほか散らかっていたらしい。確かに、自分が使う分にはそれほど気にならないまでも、いざ他人を招くとなるとその汚さが目につくときはある。
だが、いきなり押しかけたのはこちらの方だ。
「俺たちは別に気にしねぇぞ、なぁ?」
「うん、むしろそっちのが落ち着くかも」
大翔の言葉に、硲下も賛同した。
基本男子高校生の部屋なんてそんなものだと思う。今自分は天野家に居候させてもらっている身なので、最低限の掃除・整理整頓くらいは行っているが、それが自分の家であったなら散らかし放題の有様に違いない。だが、
「いや……これは、もう、そういうんじゃなくて――」
紡がぼそぼそとそう言った頃合い。
紡が背中を預けていた扉が、唐突に開いていく。
恐らくは、紡の意思に反して。
「わわっ⁉」
「おい、大丈夫か紡――」
支えを失って部屋の中へと倒れこんでいく紡へ伸ばそうとした手が、ぴたりと止まる。理由はその部屋の中で展開されていた光景にあった。
その光景とは――