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「で、これはその応用編なんだけど」
大翔は、もう一つコツを教えることにした。
「ちなみにこの中で左利きの人っている?」
挙手するものはいなかった。
大翔の知る限りでも、風高のサウスポーは硲下だけだった。
「こんな具合に、多分みんながマッチアップする相手はほとんどが右利きだと思う。で、ここで聞いておきたいんだけど、じゃあ河野さん」
「好きなハーゲンの味ですか?」
「え? いや、聞いてねぇけど」
不思議な子だった。
大翔は構わず質問を続ける。
「周りのチームメイトやディフェンスの位置、ゴールの位置、そういうのを一切度外視して、単純に目の前のディフェンダーをドリブルで抜くとしたら、右と左どっちからが抜きやすい?」
「右ですね。そっちなら右手でドリブルつけるし」
返答は瞬時に、流れるように返ってきた。
言っていることはシンプルだ。ドリブルは基本的に目の前のディフェンダーから離れた位置で行わなければならない。そうでないと、あっさりボールを奪われてしまうためである。
よって自分から見て右の方から相手を抜く場合、ディフェンダーから遠い方――右手でドリブルをつくことになる。つまり利き手を使用することができるわけだ。
逆に左側から抜く場合は、左手でドリブルをつくことになる。
その場合は利き手がつかえなくなるわけだが、だからと言って、右側から抜くことばかり考えていてはそれを相手に悟られてしまうので、右も左も、上手く使い合わすことができなければ話にならない。左右両利きこそ、バスケットボーラーの理想形だ。
話を戻そう。
「だよな。多分他のみんなもそうだと思う。で、今度はディフェンスの側で考えてみてほしい。野々瀬さん、自分がディフェンスだとして、目の前のドリブラーに右と左どちらから攻められる方が守りやすい?」
無表情の河野の横で、野々瀬はしばし思案する。
「えっと、右、ですかね? なんとなくですけど、右足の方が、一歩目が出しやすいような……」
「うん。右利きの人は普通そのはずだ。サッカーのキーパーだって一緒。基本的に、向かって利き手側の方がほんのわずかに反応しやすい。でもこのほんのわずかが、一対一の勝敗を決する。いかに一歩目を素早く出せるか。そこが肝と言ってもいい。
だから目の前のオフェンスに対して、あらかじめ少しだけ左に寄っておくのも手だ。自分の左側からは絶対抜けない位置に立ち、自分にとって反応しやすい、かつ相手にはドリブルで抜きづらい右側(自分から見た)から抜くように仕向ける。地味なことだけど、これを四十分間やられるとオフェンス側は結構なストレスになるんだ。まあそんなのが通用するのは、一定レベルまでの選手に限られるけどな」
例えば我が風見鶏高校元キャプテンの木ノ葉之平先輩や、今年の全国総体出場校である雑賀東高校のエース一之瀬迅をはじめとした優れたプレーヤーには、その手は通用しなかった。
当然である。先に挙げた手法は、せいぜい選択肢を少しばかり狭めるだけのものだ。攻め手を三つしか持っていない選手には有効ではあっても、十持っている選手には大して意味がない。
大翔は、少しばかり相好を崩し、
「とまあ色々ごちゃごちゃ言ったけど、実際んとこディフェンスなんてものは一朝一夕に身につくようなものじゃないからな。さっき言ったコツだって、不可能を可能にする魔法の教えなんかじゃないんだ。何度も成功と失敗を繰り返して、少しずつ自分のスタイルを見つけていかなきゃならない。
でも焦る必要もない。去年の俺たちだってそりゃひどいもんだった。でも人間我慢強く努力を積み重ねれば、必ずどこかに光るものが見つかるはずだから。今は辛いかもしれないけど、目指すものがあるなら、辛抱強く頑張ってほしい」
「「はい!」」
「ん。じゃあ練習に戻ってくれ」
「「はい!」」
元気よく返事をし、後輩たちは「ありがとうございましたー!」と口々に言いつつ、ディフェンスの練習へと戻っていく。