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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二章 鉱脈のありか
90/119

2-28

 名前を呼んだ五人はコートの隅、大翔の元へと集まってきた。


「みんなある程度形にはなってるんだけど、少し修正してほしいところがあるから、ちょっと聞いててくれ」


 それから「紡、ちょっと」と大翔は呼び寄せる。大文字とペアを組んでいた様子の紡が手持無沙汰っぽかったので、見本になってもらうことにした。


 そして早速、紡にはディフェンスの構えをとってもらう。膝を曲げ、腰を落とし、胸を起こし、腕を広げる。紡のそれは基本に忠実な、いい構えだった。


「説明するその前に一つ聞いておきたいんだけど……じゃあ湯木さん、ディフェンスは何のために膝を曲げるかわかる?」


 聞かれた一年生女子部員の湯木は、少し困りながら、


「ごめんなさい、よくわかりません……」


「正直でよろしい」


 すると大翔は、紡に素早く左右に動くように頼んだ。キュッ、キュッとソールが甲高い音を立てる。


「膝を曲げるのは、動くべきときにすぐ動けるようにするためだ。棒立ちだと一歩目がどうしても遅くなる。運動会の徒競走のスタートで、膝を曲げておかない人はいないだろ。常に膝を曲げるよう心掛けておくのはそういう意味だ」


 湯木をはじめ、一同には納得の表情が見えた。大翔はそれを確認して、続ける。


「でもやっぱり、膝を曲げっぱなしじゃ、その速度は落ちる。だから直線で追うときには、無理に膝を曲げる必要もない。まずは敵の進行方向に回り込むのが第一だ。

 で、次は体を起こす意味。道繁さん、わかる?」


 道繁はしばらく迷った後、


「えっと、視野を広げておくため、ですかね? 姿勢悪いとどうしても視界が狭くなるし」


「うん、それも正解。でも大事な理由がもう一個あるんだけど」


「……わかんないです」


「うん、じゃあよく見ててくれ」


 すると大翔は紡に、今度は敢えて悪い姿勢をとらせた。はっけよいの相撲取りのような前傾姿勢だ。


「この構えは、前に出るのには都合がいいんだよ。重心が前の方に来るからな。でも、後ろに下がるのには向かない」


 言われてみれば当然のことであろう。しかしそれを実践するには、ちゃんとした意識が必要だ。なぜなら、膝を曲げる→腰を落とす→○○。これに続く自然な動作は、普通に考えれば姿勢を倒すだからだ。


 そしてその意識をしっかり持つためには、その意味を理解するのも重要なことだと思う。


「いいか。ディフェンスの基本の役目ってのは、『ボールを奪う』ことじゃなく、あくまで『抜かせない』こと。確かにボールを奪取できたら大きなチャンスになるし、リスク覚悟でそれを狙うべきときもある。


でもやっぱり基本の姿勢は、『いつでも下がれるように』、だ。敵に道を譲れっていうんじゃない。自分の守るべきゴールとの間にできるだけ長く居座り続けるんだ。オフェンス側ってのは普通、あんまり自分が長くボールを持ち続けると焦る。パスできる相手を探す。その瞬間攻め気が薄れる。


そこまで持ち込めたら十分だ。目の前にディフェンダーがいる場合と、いない場合とではシュートの打ちやすさが全然違うしな。抜かれちゃうのはやっぱり一番ダメだ。


 少し話がそれたけど、要するに姿勢を起こすことによって、体の重心を中央に持ってこれる。そうすることで前にも後ろにもバランスよく対応できるようになるわけ。わかった?」


 そんな中、恐る恐る挙げられる手があった。

 同じく一年生女子の野々瀬だ。


「ディフェンスの構えの意味は、よくわかりました。でも……なんというか、自分の実力不足だってのはよくわかってるんですけど……その構えをちゃんと意識していても、あっさりと相手にドリブルで抜かれちゃうんです」


 もじもじと手をいじりつつ、恥ずかしそうに話す。


「で、何か飛永先輩が使っているコツなんかを聞けたらな、って。すごく図々しい質問でごめんなさい」


「うん、確かに、野々瀬さんはしっかり構えはとれてるんだよな。でも、それでも抜かれちゃうことが多い」


「……はい」


「そんな野々瀬さんに、いやそれ以外のみんなにも、意識してほしいことがある」


 そして大翔はこういった。


「『己の欲せざる所は、とことん人に施せ』」


 かの偉大な孔子様、そしてそれを尊ぶ皆様方、ごめんなさい。大翔は悪い子です。

 しかしこの意識はディフェンスを行う上でとても重要なことだ。


「自分がディフェンスにやられて嫌なことを、自分が相手にやってやるんだ。例えばそうだな――――みんなはドリブルしてるとき、サイドラインに追い込まれるのは嫌だろ? それを相手にもやってやるんだよ」


「えっと、それはどのようにして?」


 野々瀬の質問に、大翔は質問で返す。


「野々瀬さんはいつも、オフェンスに対してどの辺りで構えてる?」


「え?」


「河野さんをオフェンスだと思って、ちょっとやってみてくれ」


 野々瀬は河野の真正面でディフェンスの構えをとった。うん、構えは悪くない。


「じゃあ、野々瀬さんのすぐ右手にサイドラインがあるとしたら、どこで構えるべき?」


 少し考えた後、野々瀬は少しだけ左に寄った。これでサイドラインと野々瀬とで河野を囲む形になった。


「……そっか」


 やがて得心が言ったように、野々瀬は大翔の方を見た。


「そう、ディフェンスは構えも大事だけど、『その位置』も大事なんだよ。相手をサイドラインに追い込むように、そしてそれはゴールから遠ざける方向にもなるから、上手くいけば一石二鳥。バカ正直にオフェンスの正面に立つだけじゃダメなときもあるんだよ」


「なるほど……」


 野々瀬は頭の中で反芻するように、そう小さくつぶやいた。


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