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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二章 鉱脈のありか
80/119

2-18

  *


 ――逃げたい。


 もはやその一心だった。

 恥ずかしさに身が焼かれそう。速くなった鼓動は収まることを知らない。「R&G由岐海洋センター」の正面近くの女子トイレ前で、天野雫はある人物を待っていた。


 両手には用務員の人から借り受けたトイレ掃除用の道具が抱えられている。ホースやら洗剤やらゴム手袋と言ったその手の類のもの洗いざらい一式だ。


 その佇まいから想像できる通り、これから雫はトイレ掃除を行うのである。


 例の遅刻のための罰だ。元々は合宿所のトイレを掃除する予定だったが、そちらは気をきかせた一年生たちがやってしまったので、代わりにここ「R&G」のトイレ掃除をすることになったのである。


 決めたのは花都先生だ。毎年どころか四か月に一回くらいのペースでこのアリーナの一部を借り受ける『風見鶏高校バスケットボール部』はもはや常連で、ここの従業員たちとも先生はすっかり仲良しらしい。


 合宿最終日にアリーナ全体の清掃を行うのは毎合宿ごとの恒例行事なのだが、トイレの掃除は今回が初めてだった。


 だがけして、逃げたい、と思っているのは、トイレ掃除が嫌だからではない。


 むしろ自分の家事スキルの中で唯一自慢できるのが掃除である。潔癖とまではいかないが、汚れているものを見ると、隅々まできれいにしてあげたくなる衝動に駆られることがあった。だからこの「R&G」の少しばかり小汚いトイレを新品同然にまで磨き上げることに関してはやぶさかではない。


 では、自分がここから逃げたいと思ってしまうのは何故であるか。


 ――――そう。


 問題は、ヤツだ。


「よ、よう雫」


 大翔の少し上擦った声を背中越しに聞いた瞬間、雫は顔を赤くして身をこわばらせてしまう。


 頬が熱い。胸がどきどきする。声を出そうとしても喉を上手く動かせない。状況だけ見ると大翔に恋しちゃっているみたいだが、けしてそういうのではない。


 むしろ基本的に男子と会話するのが得意でない雫にとって、大翔は微塵も気を置くことなく会話できる数少ない男の子だ。


 なのに、一体今のこの状況はどういうことなのか。

 我説明求む。責任者はどこだ。


「えっと……雫?」


「ひゃい!」


 変な声が出た。そのことにまたしても恥ずかしさが押し寄せて、喉元がカチコチになってしまう。ダメだ。このままでは喋れないし、目を合わすこともできない。


 ――こうなったら……


 雫は掃除道具を床に置き、震える両手を胸の高さまで持ってくる。そして左手を肩の高さで水平に置き、その左の手の平をつきあげる形で右手を垂直に置く。ウルト○マンのスペシューム光線のポーズに近い。それから雫は少し顔をあげ、


「タ……」


「た?」


 訝しげな顔をする大翔の顔を、雫は勇気を出して見上げ、


「タイムアウト!」


 五十秒の心の準備時間を要求し、雫は女子トイレへ戦略的撤退を果たした。


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