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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第一章 風は吹けども
8/119

 そこへ、


(ざつ)高ファイ!」「「おう!」」


 雑賀東(さいがひがし)高校。

 三年前から徳島の王座を守り続けている常勝軍団。


 蛍光ブルーの上下ジャージと、どの世代にも一人はいる身長190センチ越えがトレードマークの宿敵チーム。そやつらが掛け声を引き連れて向かい側からやってくるのだ。


 当然向こうも、今日対戦相手である大翔たち――風見鶏高校のことを知っている。


 統率のとれたアップをしている雑賀東に対して、こちらは声も出さずに各々バラバラに体を動かしている時点で、もう試合開始前から二十点差くらいついてしまっている気もするが、これが風見鶏のスタイルなのだから仕方ないとも思ったりする。


「よ」


 雑賀東のキャプテンである小野田が、風高キャプテンの木ノ葉に向かって、楽しげに手を振ると、


「おっす、今日は負けねぇからな」


 木ノ葉も余裕の笑みで返してみせた。

 当日の対戦相手との接触となると、ピリピリしてしまいそうに思えるが、案外そういうのはなかったりする。ベスト4のチームはずっと固定されているので、顔を合わせることも対戦することも多いし、特に木ノ葉と小野田なんかは選抜でも共に呼ばれたりするので仲が良い。


 たとえ対戦前であっても、顔を合わせれば言葉は交わすし、どちらかが一方を試合でけちょんけちょんにしたあとでも「今日はやられたわー」と普通に和んだりする。お互いがお互いのことを認めているからこそである。


 特に三年生同士は付き合いが長いからか、チーム入り乱れてじゃれあうように話していた。そんな中、


「よ。お前、飛永でいいんだよな?」

「え、はい」


 蛍光ブルーの一人が、大翔に向かって声をかけてくる。

 知っている人だった。


 でも仲がいいというわけではなく、ただその相手が実力的にこの強豪校雑賀東ですら一際目立つ選手なので、大翔の方が一方的に知っている、という程度のものだった。


 だが、どうやら一方的ではなかったらしい。


「残念だなー、お前とはもっかいやり合いたかったんだけどなー」


 どこか親しげに話しかけてくるその人は、雑賀東のエース一之瀬迅(じん)。大翔より一つ上の三年生だ。


 そしてその一之瀬が「残念」と言った理由を、大翔はもうすでに知っている。


「やっぱり、今日は出れないんですか」

「うん、マジでバカなことしちまった」


 一之瀬の右手首には包帯が巻かれていた。話ではその手は骨折してしまっているらしい。

 もちろん、そんな状態で試合に出られるわけがない。一之瀬が残念と言うのはそういうわけだ。


「僕も、残念っす」


 大翔が曖昧な笑みを浮かべてそう言うと、一之瀬は嘲るように、


「はん! どうだかな! どうせ心の底では喜んでるんだろ?」

「まあ、今回は勝ちに行くんで、ぶっちゃけ」

「くっそー、あー、マジでなー、お前にはリベンジしてやりたかったなー」

「リベンジって、うちは雑高に勝ったことなんてないでしょう?」

「けどお前には負けた。俺な、あんなにディフェンダーに殺意覚えたこと他にねぇわ」


 一之瀬が言っているのは、恐らく今年度の春にあった大会の、準決勝、雑高VS風高のことなのだろう。

 結果はもちろん言うまでなく雑賀東の圧勝だった。少なくとも二十点差はついていたように記憶している。その日は大翔もスタメンで、フルの四十分間、風見鶏の一翼を任されていた。


 そしてその試合で、大翔に託されたのは、エース一之瀬の無力化だった。


 大翔はディフェンスが地味に上手い。他のことに関してはそれほどでもないくせに、ディフェンスだけはチームでも突出して上手かった。マッチアップした相手の次の動きを細かい癖から読み取りつつ、バカげたまでの反射神経で予想外の動きにも対応する。相手のドリブルの一歩目にはそれに回り込むようにして完全に進路を押さえ、相手のファールを誘うなりボールを零させるなりして、ことごとく相手のエース格の選手の自信を打ち砕いてきた。


 そして春の大会、雑賀東戦では、大翔は一之瀬の相手を任されたのだ。

 そしてそれを指示した風見鶏の監督、花都の期待以上の働きを、大翔は見事やってみせた。

 前半、一之瀬は大翔相手に、本当に何もできなかった。


 一之瀬の得点は、ゴール下で何とか身長差で押し込んだ二点だけ。平均一試合で三十点近く取る彼としては絶不調と言っていい出来だ。


 さらにはオフェンシブファールを三つ重ねて、他の選手と交代させられてしまう始末。それで出鼻をくじかれた雑賀東は前半終了まで波にのれず、格下の風見鶏高校相手に最終の第四クォーターまで互角の戦いに甘んじていた。


 だが、運命の最終クォーターで、一之瀬は意地を見せた。

 完全に体力の尽きた大翔から怒涛の勢いで点を奪い、結局最終的には二十点近くの差をつけて雑賀東が大勝した。


 そしてその勢いのままに、雑賀東高校は、決勝で月見酒高校をコテンパンにしてしまったわけである。

 実質は一之瀬の勝ちだ。

 だがそれは、一之瀬の納得のいく勝ち方ではなかったらしい。


 チーム同士の戦いで言えば、明らかに雑賀東の勝ちだが、大翔と一之瀬の勝負がどうだったかと聞かれれば、誰もがしばし首を傾げる。


 もちろんバスケは団体競技なのだから、そこの勝ち負けに特に意味があるわけではないのだが、それでもチームというものも結局は一人ひとりの集まりだ。


 チームが勝てばそれでいい、と考える者は案外少ないだろう。誰だって本音では、自分が活躍した上で勝ちたいのだ。


「飛永、行くぞ」

「あ、はい」


 木ノ葉に言われ、大翔は答えた。おのおの別れを告げてジョギングを再開していく。大翔もそれに続こうとする。


「じゃあまた後ほど」


 と、大翔は一之瀬に向かって一礼。


「おう、頑張れよ」

「敵同士ですけど」

「どうせ勝つのは俺たちだよ。けど俺が出れない試合がボロ勝ちってのも面白くねぇし、ギリギリまで雑賀東を追い詰めて俺の偉大さを教えてやってくれ」


 はは、と大翔は笑って返した。再び軽く頭を下げて自分もジョギングに戻ろうとする。ところが。


「あ、それとな」

「え?」


 再び一之瀬に声をかけられ、大翔は振り返った。

 一之瀬は、にやり、と不敵な笑みを浮かべていた。


「今日俺は試合出れねぇけど、安心しろ。代わりの新戦力、用意しといたから」


 ――え?


 その言葉の意味を知るのは、それから少しばかり後のこととなる。


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