2-17
「じゃ、とりあえず合宿所に帰るか。腹減ったし」
「そうですね」
大翔は腰を上げて、紡の隣に並び立つ。合宿所までは徒歩だ。
しかしいざ帰ろうとしたそのとき、背後からふと声をかけられた。
「あ、よかった。まだいた」
声の主は硲下要一だ。例の、一人電車から降り過ごしていたマヌケ君である。しかし彼も午後からの練習開始時間にはちゃんと合流していた。
とまあ、それは置いといて。
「どうしたんだよその恰好……」
硲下の恰好――バスケの練習着であるが、その有様がひどい。頭やら肩やら背中やらに、ほこりやら汚れやらがありありと見受けられる。
それを指摘すると、当の硲下は一瞬きょとんとしていたが、
「ああ、これ? これはさっき体育倉庫の窓からまろび出たときに汚れた」
「は? なんだってわざわざ窓からまろび出たんだよ」
「それは――」硲下は一瞬どこか遠くを見据え、「倉庫で片付けしてたら、外からカギを閉められちゃって。すぐに開けてって言ったんだけど……ほら、俺の声って通らないから」
こんなに悲しい話があるだろうか。大翔のまなざしが思わず優しいものとなる。
「そうか。あとで部員みんなに言っとくよ。倉庫のカギを閉めるときは、中に硲下が残ってないか確認するように、って」
「うん、助かる。暗いとこ苦手だから」
本当にコイツはなんなのだろう。心の内からかきたてられるこの保護欲はなんだ。これが父性⁉ 父性か⁉
「で? 何か用があるんだよな? どうした」
ふと、硲下が何か言おうとしていたことを思いだし、大翔はそう促した。
「あ、そうだった。大翔のことを、天野さんが呼んでた」
「え、雫が⁉」
「うん」
大翔は血相を変える。道端に一万円が落ちているのを見つけたときでも、ここまで顔色を変えはしないだろう。
「ばかお前それを先に言えよ! 最優先事項じゃねぇか! どこにいるんだ?」
「体育館の入り口のトイレんとこ」
「わかった、サンキュ!」大翔はお礼を言うなり走りだし、それから一度振り返って、「お前はもう先に帰ってていいぞ。紡も後でな」「あ、はい!」紡は可愛く返事した。
そして硲下は、
「うん、わかった。……あ、帰りにアイス買ってもいい?」
「そんなのお前の好きにしろよ! 俺はお前の母ちゃんかっ!」
呆れ気味に怒鳴りつけて、大翔はその場を後にした。
向かうのはもちろん「R&G由岐海洋センター」のアリーナの正面入り口だ。