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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二章 鉱脈のありか
78/119

2-16

「花ティー乱れ咲きモード炸裂だったな。可愛い顔して、とんでもないドSだよあの人は」


 合宿所にほど近い「R&G由岐海洋センター」の外にある手洗い場で、修が開口一番そう言った。


 蛇口の真下に顔を突っ込み、暮れなずむ西日を横目に、限界解放された水力に打たれるに任せている。他のメンバーたちも同じく服がびしょびしょになるのも厭わず、顔から首から、手から足から、なんもかんもを水で冷やしていた。


 大翔も顔や手を洗ったあとに、肩にかけていたタオルで水を拭いつつ、


「乱れ咲きって……まあ確かにあの人は性格変わるよな。先生のときと、バスケ部の監督のときで」


 花都は基本的には温厚で優しい人だ。いや、それどころか全てにおいて声を荒げたりするようなことがほとんどない。他のチームの監督なんかは、選手を怒るときには、空気を振動させるほどの勢いでがなり立てるものだ。現に大翔の小学校、中学校時代の監督はそうだった。ときには手が出るようなこともあったくらいである。


 しかし花都監督は、怒鳴りもしないし、もちろん手をだしたりもしない。


 ――ただし、とことん容赦がない。


 試合のときはそうでもないが、練習中はひどい。彼女の組む練習メニューの量のえげつなさには、確かにSっ気が垣間見えなくもない。喘ぎ苦しむ自分たちを見てホクホクしてんじゃないだろうなと疑ってしまうことが多分にある。


「いや」


 突然割り込む声があった。大翔はタオルを首にかけ直し、顔を向ける。

 声の主は白峰だった。ナルシスト染みた手つきで眼鏡をくいっと一度押し上げ、


「あの人は裏の裏をかいてドMだ。俺にはわかるんだ」


「なんでお前にわかるんだよ」


 修が疑う目で尋ねる。すると白峰は、


「お前と違って女性の心情に聡いんだ。まったく、これだから童貞(ガキ)は……」


「お前ちょっと屋上来いよ」


 そんな童貞(ガキ)同士の口ゲンカをいつも通り聞き流し、大翔は影のできているところで腰を下ろす。緩やかに流れていく風を全身に浴び、少しずつ体から熱が引いて行くのに心地よさを感じる。

 そんな折、


「あの、飛永先輩」


 瑞々しい青色のドリンクボトルが、大翔の顔の傍に差し出される。

 顔を上げるとそこにいたのは、我が男子バスケ部の紅一点(?)、早坂紡だった。


 彼女――じゃなくて彼は疲れの見える表情にも、柔らかな微笑みを浮かべて。


「ドリンク……どうぞ」


 天使の本気を垣間見た。


 ――憧れの先輩に勇気を出して、お手製のドリンクを差し出す女の子のマネージャー。小さな二つの手で持っているドリンクボトルが少しだけ震えている。恥ずかしくて合わせられない目。もじもじと動く華奢な足。少しだけ赤く染まって見えるそのきれいな横顔は、夕日の加減のためなのか、それとも――


「好きです」


「え?」


 突然の愛の告白に、紡は目を丸くした。一方、完全に空気に呑まれてうっかり告白してしまった大翔は慌ててかぶりを振って。


「あ、ごめん、間違えた。かわいいなって言おうとしたんだ」


「え、いや。そ、それもちょっと、どうかと……」


 紡はさらに怯えたように肩をすぼめ、顔を赤くして俯いてしまう。そんな些細な動作までもが大翔の心を抉って行く。こんなにも男に対してどきどきしてしまうなんて、自分は相当疲れているようだ。そうだそうに違いない。


「あ、えっと、ドリンクか? ありがと、貰うよ」


「あ、はい、どうぞ」


 大翔はボトルを受け取る。キャップを外し、ノズルを引っ張り、ボトルをひっくり返して、口を自分の方に向けて、


 ぶしゅう!


「ぶほっ! ゲホゲホゲホっ! ゴハァ!」


 ドリンクが思いっきり鼻に入った。チーム共用のボトルなので、口を直接つけられないのだ。だから必然滝飲みスタイルになるのだが、うっかり照準を誤るとこういう有様になる。


「わっ、大丈夫ですか⁉」


「ぜ、全然平気だ……」


 言いながらも、鼻の奥にツンとくる嫌な痛みに耐えていた。そんな中、紡は自分のタオルを使って、大翔の顔にぶちまけられたドリンクをとんとんと拭っていく。


 すると必然体が接近する。紡の可憐な顔がすぐそばにある。とんとんと押さえつけられるタオルがお腹から胸、顔へと少しずつ上がってくる。そんな最中にほんわりと甘い香りさえも漂ってきやがる。


 ――おいおい今練習終わりだよ? 着替えてもないんだよ? 昼間からぶっつづけで汗垂れ流しといて、それでいい匂いがするって、一体どんな人体構造してんだよ! 女子かよ!


 これはいよいよ差し当たっての、抜き差しならない問題になってきた。果たして紡は本当に男なのだろうか。女の子の皮を被った女の子なんじゃないだろうか。なにせ男を感じる要素が皆無に近いのだ。


 そんなときだった。


「――――あの」


 紡が不意に手を止めて、


「飛永先輩にお願いがあるんです」


 それは真剣味溢れる、静かな言葉だった。大翔は慌てて、さっきまでの頭の悪い自己問答を捨て去って、


「どうした?」


 紡が一度俯く。吹き過ぎる風が紡の柔らかな髪を優しくなでていく。


「夕食の後に、自主練の時間がありますよね?」


 紡の問いに、大翔はうんと頷く。


 正規の練習時間――花都先生が組んだ練習メニューを行うのは朝の9時から12時の午前の部と、14時から18時までの午後の部だ。それ以外の時間――例えば夕食後の開いた時間などは自主練習のための時間となる。


 その時間は、基本的には何をしてもいい。選手によっては花都先生に指示された練習メニューを行う者もいるが、それ以外の選手は自由だ。シュート練習するもよし。筋トレするもよし。メンバーを集めて3ON3するもよし。


 もしくは休息を選ぶのだっていい。というか、毎年初参加組である一年生はこの時間帯は休息に当てるのが基本だ。


 去年の大翔たちだってそうだった。正規の練習だけでもついて行くのがやっとなのに、自主練をやる余裕なんてとてもじゃないがなかった。


 が、紡はそうではないらしい。なんらかの自主練をやるつもりのようだ。


 ――果たしてその内容とは、


「僕と、一対一の練習に付き合ってもらえませんか」


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