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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第一章 16度目の夏
75/119

2-13

「おぅふ……こ、ここが例の合宿所ッスか……」


 山の麓に位置する合宿所を見上げて、新谷彪流(たける)が開口一番そう言った。

 まあ、初めて見る分には無理もないと思う。


 合宿所の周囲は草木が伸び放題。そして当然建物の中もその外から見た光景から連想できる仕上がりになっているはずだ。この合宿所を使う度に清掃を行ってはいるのだが、その努力もむなしく、本合宿所は夏を迎える度に森の奥に佇む廃屋の様相を呈す。


 二年生組はこの光景を見慣れているものの――ましてやこの手の自然一杯の場所が大好きな雫に至っては目をキラキラと輝かせているものの―― 一年生組、特に女子陣はこの廃屋を前に完全に意気消沈してしまっていた。


「これ、雨漏りとか大丈夫なんですか?」「虫とかいっぱいいそう……」「お化け屋敷だよこんなの~」「もう帰る! 絶対帰るっ!」と目に涙を浮かべ始める者たちまでいる有様。


 それを横目に、さてどうしたものかと考え込んでいる大翔のすぐそばで、一歩前に踏み出した者がいた。

 上下ジャージ姿の小柄で童顔な女性、花都美砂先生である。

 彼女は大仰に咳払いを一つ、集まった視線を一堂に受けて、


「じゃあさっそく合宿開始しましょうか。まず最初の練習メニューは――」


 花都先生はわざとらしくためを作り、目の前の廃屋染みた合宿所を指差し、


「この合宿所を住める状態にすること!」



 合宿所は二階建ての建物だ。

 二段ベッドが二つ備え付けられた四人部屋が一階二階に八つずつあり、その他にはトイレ、洗面台、風呂場が完備。一階には大きめの調理室に、大広間まで設けられている。


 そして特に合宿所自体に規定があるわけではないが、バスケ部では通例、一階が男子部屋、二階が女子部屋として割り当てられることになっている。


 その理由としては、女子が一階だと良からぬことを考える男子がいるかもしれないということがまず第一にある。例えば風呂場を覗くとか、窓から寝室を覗くとか。まあ、実際のところそんなことを実行するような勇者はいないのだけれど。余計な疑いをかけられたくもないので、この理由にはみな素直に納得している。


 ところがだ。

 それとは別に挙げられているもう一つの理由には、大翔を初め、多くの男子陣は納得できていない。


「ああもうバカお前何やってんだよ……ベッドの下に逃げ込んじまったじゃねぇか」


 男子部屋のとある一室で大翔は呆れ声を漏らす。

 すると、それに負けじと修もやけ気味にけちつける。


「うっせぇな~、だったらお前やってみろよトドメ係。つーかこっちはお前が無駄噴射したスプレーのせいでさっきから目がしょぼしょぼなんだよ!」


「んなこと言われたって仕方ないだろ。虫よけしかないんだから。これで倒そうと思ったら相当量ぶちまけるしか――」


「うわ! 出た! 大翔お前! 見てみろよ足元!」


「うぎゃあああ! こっちくんなぁあ!」


「ぎゃあーぎゃああっ!」


 ベッドやクローゼットなどの家具類の隙間から、ひゅんひゅんと絶え間なく飛び出てくるGたちに大翔と修は情けなくも右往左往している。


 そう、この合宿所の一階には害虫をはじめとした多種多様な定住民がいらっしゃるのだ。もちろん二階にも少なからぬムシムシが生息しているのだが、一階にはその比ではない個体数のそれらがムシムシムシムシと生息している。


 だから女子陣は何があっても一階の部屋を寝室としては使わない。当然ながら害虫が嫌なのは男子も同じなのだが、それを理由に女子に泣きつかれるとさすがに男としてそこは折れざるを得ない。


 だからこの通り、合宿一日目のまず第一の行動は、害虫様方に可及的速やかにご退去願うことなのである。合宿を行う過程での嫌い度ランキングトップ3に入るこの恒例行事だが、この部分を怠ると後々ひどいことになるので、けして省くことはできない。例えば寝ている間に何かむずむずすると思ったら服の中に――、とか。思い浮かべただけで鳥肌ものの恐怖がすぐそこで蠢いている。


「おい、ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃない。さっきからお前らの喚き声のせいで、ミリティーの可憐な声が全く全然聞こえない!」


 その一室にある二段ベットの上段、眼鏡をかけた一人の男が下衆を見る目で大翔たちを見下ろしてきた。


「あ、すいません。気をつけまっ――てうおーい!」そんな風に思わず素で謝ってしまった大翔を引き継いで、

「俺らが必死こいて害虫駆除してる中、なに平然とギャルゲにいそしんでんだてめぇはよ!」修が手に持っていたハエ叩きでびしばしとその眼鏡男を叩き始める。


 すると眼鏡男――白峰(しらみね)(いく)はくいっと目を吊り上げ、


「『みりたりーさんしゃいん☆』はギャルゲじゃない! 銃ゲーだっ!」


「そんなもんこの際どうでもいいわ」


「俺たちが問い質してんのはお前の趣味嗜好じゃなく、この状況でよく平然とゲームできるよねって話だよクソ野郎」


 大翔と修が下衆を見る目で白峰を見上げる。それを白峰も真剣な表情で見下ろす。しばしの沈黙。開けた窓から吹き込んでくる風が三人の髪を荒々しく撫で上げる。


 ここで緊迫感のあるBGMでも流れればあるいは中々の絵になったものだろうが、残念ながら実際にその場に展開されたのは、


『ふぇぇ……お兄ちゃんの水鉄砲で服がスケスケだよぉ……』


 白峰はくいっと眼鏡を押し上げると、「フン」と賢しらな笑みを浮かべた。

 ブチっ、と大翔と修の頭の中でそんな音がした。


「二分だけ待ってやる」

「キンチョロルのスプレー百本買ってこい、今すぐだ」


 大翔と修が有無を言わさぬ冷徹な目で言い放つと、白峰は何やら達観したような顔で、 


「まあ待て。このままではミリティーたんが風邪をひいてしま――」


「「行・け」」


「……はい」


 白峰は思いのほか素直に返答し、部屋を出て行った。

 その背中を見送りながら、大翔は修に向かって口を開いた。


「なぁ、今ふと思ったんだけどさ」


 するとその先を言う前に、修もそのことに思い至ったようで、


「ああ、そう言えばさっきから妙な違和感があったんだ」


 それから二人は顔を見合わせ、


「「硲下(はざか)のやつどこいった?」」


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