2-12
右隣にいる修はすでに爆睡モードだったので、左隣にいる紡に向かって大翔は声をかけた。
「そう言えば美波町って、紡の実家があるとこだったよな?」
「あ、はい……そうです。市内に比べたら田舎だけど、海がきれいで、いいとこですよ」
紡は照れくさそうにそう言った。
紡は美波町に住んでいたが、高校進学のために徳島市に出てきた。今は徳島大学に通う姉の住んでいるアパートに間借りさせてもらっているそうだ。
「知ってるよ。そこの合宿所行くの、今回で四回目だし。夏はそこで泳いだんだぜ」
大翔は去年の夏休み、冬休み、そして今年の春休みとこれまで三度もの合宿を乗り越えてきた。
三年生の木ノ葉と百合ヶ丘に至っては、さらに三回を上乗せして、此度の合宿はついに七度目。今回は後半半分での参加とはいえ、受験を理由に引退していればせずに済む苦労である。
「あ、そう言えばそうでしたね。なんだ、せっかくおすすめの場所とか教えられると思ったのに、みんなもうベテランさんなんですね」
紡は控えめにそう零すが、大翔はすぐさま食いついた。
「え、なにそれ。よかったら教えてくれよ。ベテランっつっても俺たちミーハーだよ? 田井ノ浜くらいしか知らないし」
田井ノ浜とは、今向かっている合宿所のすぐそばにある海水浴場である。無料開放されていて、夏場には多くの観光客で賑わう。去年の夏、大翔たちはそこの海水浴場でアホほど泳ぎ倒したのだ。
「あ、そうですか? まあ、言ってもそんな大層なものがあるわけじゃないんですけど……ちょうど僕の家があるのその辺りなんで」
「へぇー。じゃあ中休みのときにでも、実家の方にご挨拶させてもらおうかな」
「え、ご、ご挨拶⁉」紡は大げさなまでに驚いて、両の目を見開く。「な、なんでそんなこと……」
「いや、別に深い意味はないんだけど……せっかくだし、紡の親御さんにも会ってみたいなと思って――ダメか?」
「いえ。そ、そんなことはないですけど。……わかりました。また後で、両親に行っても大丈夫か聞いてみます……」
「あ、うん。でも別に迷惑なら全然いいからな? 特に用事があるわけじゃないし」
大翔は困った様子でそう言った。軽い気持ちで言ったのだが、紡が予想以上に食いついたのでびっくりした。彼はやや顔を赤くした状態で「どうしよ……どうしよ」と呟いている。
その後も適当に喋ったり、眠気に身を任せたりして過ごしていると、やがて電車は目的地である田井ノ浜へと到着した。