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「あっついっ!」
誰かが言った。
それは紛れもなくこの場に立つ総勢十五名の同意見であって、たとえその誰かが言わなくても別の誰かが言っていただろう。
「じゃ、ストレッチからな」
キャプテンである木ノ葉のその言葉に従い、風見鶏高校男子チームのメンバーは、各々腕や足を延ばして準備運動を始めた。
大翔たちが今いるのは、試合会場の傍にある開けた場所、それも影になっているところだ。
わりと大きな会場なので景観も整っている。下は均整のとれた幾何学模様のアスファルトが敷かれ、会場から近くの運動公園へと続く道には街路樹が立ち並び、恐らくこの辺り一帯の中心に位置するのであろう場所には、少しおおげさな噴水があった。だが残念ながらその噴水は水を噴いてはおらず、というか大翔は、この噴水がその役割を果たしているのを見たことがなかったりする。
「大翔、背中押して」
アキレス腱にじんわりと負荷をかけていたところで、隣にいた長内修が大翔に向かってそう言った。修は地面に腰を落として、上半身を前に押し出していた。
「ん」
大翔はそれを後ろから押してやる。すると背筋がぞっとするほど、目の前の修の背中が前に沈み込んでいく。修は異常なまでに体が柔らかいのだ。
「なぁ、いつも思うんだけど、これ押す意味あるのか?」
はっきり言ってこのレベルにまでなると、ストレッチという定義に沿ってないような気さえする。暖簾に腕押しっていう感じ。
「あるある。暗に自分の体の柔らかさをお前に自慢するっていう重要な意味がある」
「今の不用意な言葉で、暗もクソもなくなったぞ」
十を数える度にそこから右、左と体を倒す方向を変え、一通りやりおえると大翔と修は役割を交代した。今度は大翔が床に腰を下ろし、修に背中を押してもらう。
「あっちゃー、これはダメだわっ! ああもうダメダメ。全っ然ダメ。このままじゃ近いうちに絶対怪我するぞこれ」
腕を前に伸ばしてもつま先に届かない大翔を見て、修が言う。
すると大翔は、
「あ? 関係あるかよ。体が柔らかくても鈍くさい奴は結局怪我する、しっ⁉」
「あー? 鈍臭いって誰のこと言ってんだー?」
「わかったわかった悪かったから、ぐいぐいぐいぐい押すなって!」
大翔が観念してそう言うと、半年ほど前に手首を骨折した修は何やら得意げな表情で、
「酢のモン食え、酢のモン。でねぇと来年の体力テストも長座体前屈に足引っ張られるぞ」
言われ、大翔はムッとする。
毎年進級する度に体育の授業で行われる体力テストでは、ホントに毎回うんざりするほど長座体前屈に悩まされている。返却される結果用紙にある蜘蛛の巣状のレーダーグラフは、いつも一点が谷のようにへこんでいる歪な形をしているのだ。
しかし、言われっぱなしというのもつまらない。大翔はどこか不貞腐れた顔で、
「長座体前屈で十点稼いでも総合でA取れないお前よりマシ――ぎゃ⁉ 痛ってぇよバカ!」
「それだけは言っちゃダメだろうがあ‼」
「ブチ切れ⁉」
そんな風にわーわーとバカ騒ぎしていると、大翔と修の頭を、スパコン、と何かが叩いた。二人そろって顔をゆっくりと上げてみると、
「ほらバカコンビ、ジョギング行くぞ」
いたのは木ノ葉だった。
木ノ葉は少しおどけたようにそう言った後、
「ま、お前らはそれでいいわ。変に緊張されても調子狂うしな」
褒められてるのか貶されてるのか紙一重の言葉だが、大翔はそれを言われて不思議と悪い気はしなかった。そして修にはなぜか嬉しげに背中を叩かれ、連れだって会場のぐるりを回るようにジョギングを始める。