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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第一章 16度目の夏
69/119

2-7

 それから雫と加寿美は、加寿美のベットで肩を寄せるようにして横になった。明かりは消してあるが、窓からは月明かりが差し込んでいる。網戸をすり抜けて、時折控えめな風も吹きこんできた。


 タオルケットを肩口まで被り、枕に横顔を埋めると、なんだか加寿美の香りがした。そう思うと不思議とあったかい気持ちになってくる。


「ふふ」


「え、どうかしたの?」


 思わず笑ってしまったのを、加寿美に聞かれてしまった。雫はタオルケットを口元まで引っ張りあげて、「いやね、くわちゃんの匂いがするなぁ……って思って」


 すると加寿美は慌てた様子で、「え、うそ、臭い? 一応洗い立ての物にしたんだけど」と青い顔をしていた。


 それを見て、雫は静かに首を横に振る。


「そんなんじゃないよ。せっけんの匂いもするけど、その中にもくわちゃんの匂いがして……なんていうか、すごく落ち着く匂いがする」


 雫にも上手く言い表せなかったが、ともかく悪い意味ではない、ということだけは伝わったようなのでほっとする。


「バ、バカ、急によくわかんないこと言わないでよ……」加寿美はまたしても恥ずかしそうに顔を背けてしまった。


「あは、そうだね、ごめんごめん」


 雫は適当に謝って、目を閉じてみる。壁にかけられた時計の秒針の繰る音がする。窓からは耳に優しい甲高い虫たちの鳴き声が、雫たちの身動ぎの雑音の合間合間に部屋を駆けぬけていく。


「……ねぇ、雫」


 しばしあって、今度は加寿美の方から話しかけてきた。


 雫は目を閉じたまま、「うん、なに?」


 またややあって、加寿美は静かに口を開く。


「もうすぐインターハイ始まるよね。あと二週間後くらい?」


「ああ、そっか。そういえばもうすぐだね」


 雫は言いながら、ゆっくりと目を開けた。まだ闇に慣れていない目は、薄暗い天井をぼんやりと捉えているだけだった。


 高校総体、その県予選は約一か月前に行われたのだが、雫たち風見鶏高校バスケットボール部は男女ともに準決勝で敗退した。そこからインターハイへと進めるのは、その県予選での優勝校一校だけだったので、雫たちが今年の総体の全国大会へと出場することは、もうすでに叶わぬ夢として散ってしまっていた。


 ちなみに雫たち徳島県の代表として、その全国への切符を手にしたのは、男子は自らの手で大翔たち風高バスケ部を下したインターハイ常連校――雑賀東(さいがひがし)高校、女子は二年ぶりにインターハイ出場を果たした滄溟(そうめい)大学付属高校、この二校である。


 両校とも、県代表に恥ない十分な実力を兼ね備えたチームだ。

 しかしそれでも――全国大会へと進出を果たしても、その先でも順調に勝ち進み続けられるかと言われると、それは大変難しいものがある。考えて見れば当然のことではあるが、他県からの出場チームだって数々の強豪校を打ち破って勝ち上がってきているのだ。


 そんな彼ら彼女らがその勝ち抜いてきた自信とプライドを背負って、また再び全力でしのぎを削って行く――。


 それがどれほど厳しい戦いであるか。雫たちには想像することしか出来ない。

 でも、だからこそ、挑戦してみたいという気持ちもあるのだ。自分たちが本気でやって一体どこまで食い下がれるのか、それを試してみたいという気持ちもあるのだ。


 その気持ちを察したかのようなタイミングで、「行きたいね、インターハイ」と、加寿美が囁きかけるような声で、そう言った。


 雫はちらっと加寿美の方に視線を向けてから、

「うん、行きたい」噛みしめるようにその言葉を口にしてみる。


 全国大会への道が続く大会は、一年に二回だけだ。


 一つは夏前に行われる、先の高校総体。


 そしてもう一つが、冬に行われる選抜優勝大会――通称、ウィンターカップと呼ばれる大会だ。


 まだ四か月ほど先の話ではあるけれど、それでも一番近い公式戦がそれだ。まずはそのウィンターカップに向けてチームを仕上げなければならない。キャプテンである雫、副キャプテンである加寿美はそれを特に意識していた。そして恐らく男子キャプテンである大翔も。


「ウィンターカップでは、最低でも県ベスト4には残りたいわね」


「うん、先輩たちも常にそこまでは行ってたもんね」


「でも、なんか不安な気持ちもあるよ。先輩たち無しで、ホントにそんなとこまで勝ち進めるのかな?」


 加寿美が、自分の方に顔を向けた気配がした。

 雫は穏やかに笑って、その言葉に応える。


「わたしだってそりゃ不安だよ。でも、他のチームの子たちもきっと同じだから。そこで他のチームには絶対負けてない、そう確信できるくらいいっぱいいっぱい練習して、その結果試合に勝って、それで初めて自信がつくんだよ。それはどのチームだって避けて通れない道だよ」


 言いながら、雫はタオルケットの中を(まさぐ)って、加寿美の手を見つけた。その手をきゅっと握りしめる。加寿美の手は少し冷たいけれど、それが今は心地よい。


 雫は続ける。


「だから、夏休みには合宿もして、練習試合でも遠征でも怖がらずに全力で立ち向かって、これから自信つけていこ? わたしも不安だけど、くわちゃんとなら――風高のみんなとなら頑張れる気がするから」


 ね? と最後に付け足すと、ややあって、「そうね」と加寿美は笑って答えた。そして雫の手をそっと握り返してくれた。


「じゃあ夏休みは頑張んないとね。今年も合宿あるだろうし」


「うん、八月に入ったらすぐやるって花都先生が言ってた」


 花都とは、風見鶏高校バスケ部の監督であり、雫、加寿美、大翔のいる二年三組の担任でもある雫たちには関わりの深い先生である。


「合宿楽しいよね。……練習以外は」


「ほとんど一日中練習やってる感じだからね。砂浜ランニングは死ねるレベルだし」


 加寿美は辟易しきった様子でそう零した。

 毎回学校の長期休暇期がやってくると、風高バスケ部は約一週間かけての合宿を行う。


 開かれる時期によってその練習メニュー、分量はまちまちだが、それでも共通しているのはとにもかくにも「死ぬほどきつい」ということだ。


 特に夏休みに行われる合宿は基礎体力増強重視なメニューになることが多いので、肉体的負担もひとしお。合宿が終わって帰ってくる頃には、自分の体が他人のものに思えるほどに変化してしまう。文字通りの肉体改造だ。


 それでも不思議と、合宿を前にするとわくわくする。まずその合宿をすれば間違いなくチームにとってプラスになるというのもあるし、それ以前に合宿自体が楽しいというのもあるのだ。


 チームメイトのみんなと泊まるのは、やっぱりなんだかんだ言っても修学旅行のようで楽しい。みんなで協力して、掃除や洗濯、料理を作ったりする、そんな単純なことも不思議と楽しかったりするのである。


 また合宿の中盤には「中休み」という名目で、丸一日練習が休みになる日があるのだが、その日はいつも合宿所の近くにある海水浴場で遊んだり、花火をしたりするのが通例だ。


 体を休めるためのその「中休み」なのに、全身全霊で遊んでしまう部員がほとんどなのは困ったものだが、結果的に「いい運動」になってしまうのでそう悪いことではない。


「でも今は早く練習したいって思うわ。テスト休みで練習できないからストレス溜まっちゃってんのよね」


「う……そっか、テストあったんだ。忘れてた……」


 雫が小さな声でそう零すと、


「もう、ほんと雫も頑張ってよ? 赤点とって補習ってなったら、夏休み学校通わなきゃならなくなるよ?」


「うわああ……それはやだ。ぜったい頑張る」


「そうと決まれば早く寝よ。明日のテストに備えてさ」


「はい先生」


「うむ。よろしい」


 加寿美の冗談めかしたその言葉に、二人は顔を見合わせて笑ってから、静かに眠りについた。


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