終わりとはじまりの夏
今でも覚えている。
忘れるわけがない。
ヒーヒーのシーソーゲームの末、劇的な結末を迎えた試合終了後の興奮冷めやらぬ試合会場。打ち鳴らされる惜しみない拍手が社交辞令的な慰めにしか思えず、周りからの視線が痛かった。
いや、実際のところその中には敵意のようなものも含まれていただろう。ついさっきだって「お前のせいで負けたんだ」と、面と向かって先輩に言われたところだった。
――ああ、悔しいなぁ。
――もう一回、やり直せないかなぁ。
溢れ出る涙をタオルで拭いながら、逃げるように試合会場から出て行こうとする。そんな中後ろから舌打ちが聞こえてきた。けれど、自分は聞こえていないふりをした。
とにかくすぐにでも、人のいないところに行きたかった。これから監督を交えて試合後のミーティング――というのも大げさか。負けたけど、お前らはよく頑張ったぞ。みたいな話し合いをするはずだ。
でも、今の自分がその場にいる権利はないように思う。
先輩やみんなのその頑張りを水泡に帰したのは、他でもない自分だ。居ても、余計に辛くなるだけだ。
――ああ、どうしよ、トラウマになりそう……。
夏なのに寒気がする。周りにいる全てが他人で、その大半が泣いている自分を好奇の目で覗き込んでくる。それが恥ずかしくて、たまらなく惨めで、さらに動かす足の速度を早くしようとした――そんなとき。
「俺はあれでよかったと思うよ」
最初、誰が誰に言ったのかも定かではなかったが、ややあって、自分に言われたのだということだけは理解できた。
そして声のした方へ振り向く。腫れた目をタオルから少しだけ覗かせ、その声の主を見た。
許斐桜中学のユニホーム、背番号7番。
その少年は照れくさそうに頬を掻きながら、こちらに背を向けて立っていた。
「……え?」
――知らない人だった。
どう返答すべきか考えあぐねる。
そんな中、少年はやがて顔だけをこちらに向ける。
邪念のない、無垢な笑顔。少年は続けた。
「どんなに追いつかれそうでも、攻めの姿勢は崩しちゃだめだ。守りに入ったら逆にそこを付け込まれる。だから、君はあれでよかったんだよ」
周りの風景が色を失っていく。
自分と少年だけが真っ白なだだっ広い空間の中にいる。
「俺は、あんな風に強気で攻めていける君が羨ましい」
目頭が熱をぶり返す。
「もっと自信もって」
それだけ言うと、少年はそのまま試合会場へと歩いて行った。
あまりに突然のことで、お礼を言う考えが浮かぶ暇もなかった。ただ人の行きかう中ぽつんと佇んだまま、人知れず頬を紅潮させ、その言葉が頭の中で反響するのに任せていた。
やがてその少年が自分より一つ年上の人で、風見鶏高校へと進学したことを人づてに聞いた。
あの言葉を聞いてから一生懸命練習した。そして、その成長した姿を見て欲しいと思った。だから、自分は彼と同じ、風見鶏高校へと進学した。そして、同じバスケ部に入った。
――そして、
「次、三対三、ドリブル無しで!」
「「はい!」」
今はあのときよりずっと近い場所で、彼の背中を追いかけている。