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やがて全員で頂上に辿り付いた。みんな各々木陰で休んだり、水飲み場で口をゆすいだり、クールダウンしたりと様々だ。
そんな中雫は、ベンチに腰を下ろしてうなだれている大翔の姿を見つけた。「20×100で二千円……うおお……全員が健気に百円アイスを選んだとしても最低二千円が飛ぶ……うおお……」と何やら深刻そうな顔で悩んでいる。
その隣に、雫はちょこんと腰を下ろした。
「お疲れさま」
「雫……」
出口の見えない暗いトンネルの中をさまよい歩いて早五年、その先でとうとう木漏れ日の降り注ぐ外界への突破口を見つけた――大翔はそんな顔をしていた。雫は苦笑いで、
「一箱に二十本くらい入ってるの買えば、そんなにしないと思うよ?」
「おお、なるほど……その手があったか」
大翔は安堵のため息を漏らす。
それから彼は右手を上げて、その手首の辺りで額の汗を拭った。その汗を吸ったのは、例の黄色地のリストバンドだ。
雑賀東高校の一之瀬先輩が、一度は無くしてしまったあのリストバンドを拾っていてくれたようで、雫の元には同じリストバンドが二つ残るということになった。
もちろんその両方を交互に使う道もあったのだけど、せっかくなので新しい方を大翔に渡し、お揃いで使おうと提案した。最初はそんなの嬉し恥ずかしいと大翔はもごもご渋っていたが、雫のさらなる妙案がそれを現実のものとした。
雫は目の前にいるチームメイトたちを眺める。
その全員の手首に、黄色地のリストバンドがはめられている。
リストバンドお揃いの件を加寿美たちに話すと「いいなあ、私もそういうのやりたい」と言われたので、じゃあチーム全員でお揃いにしようということになったのだ。さらにはそのリストバンドそれぞれに我が風見鶏高校のシンボルである『風見鶏』のアップリケを縫い付け、部員全員で近くの神社に赴き、必勝祈願と部内安全と無病息災と学力上昇を祈った。チームの団結力が増した気がした。
不安もないわけじゃない。辛いことも苦しいことも、もしかしたら楽しいこと以上にあるかもしれない。練習はきつい、これからは試合もあるだろうが、敗退が続いてモチベーションが下がるときもあるだろう。
でも、それを乗り越えた先にあるものは、きっと今、高校時代にしか得られないものであるはずだ。
雫は手首につけてあったリストバンドを見つめ、風見鶏のアップリケをそっとさすった。その瞬間心の安らぎを感じるとともに、猛々しい熱意も沸き立ってくる。
「ひろちゃん、いつものあれ、やらない?」
「ん? ああ、アレか」
大翔は言うと、うんと頷く。「景気づけにやっとくか」
「うん」
「よし、全員集合!」
大翔が言うと、休憩を終えた部員たちがぞろぞろと集まってくる。「下りは歩きですよね? 走るなんて鬼畜なこと言わないですよね?」「それよりもアイス~、早く買ってきてくださいよ~」「ハーゲンダッツはアイスに含まれます」「もしくはクレープでも可」
「お前ら悪魔か! 少しは雫の天使っぷりを見習え!」
「お金さえ貰えれば自分で買ってきてもいいが?」
「木ノ葉先輩まで何言ってんですか⁉ それで譲歩したつもりですか!」
大翔はそう怒鳴りつけるが、このままでは埒が開かないと判断したのか、首を左右に振って、それから力強く言った。「最後にいつものやつ、景気づけにやっとこう」
「えー」「暑いよー」「喉カラカラで大きい声でないよー」
「ぐだぐだ言う奴にはアイスはやらん! 従順でいい子にだけ――」
一瞬だった。
ビシッ! という音が聞こえそうなほどの軍隊的なきびきびとした動作で全員が円の形になった。
大翔は怒鳴った。「お前らどんだけアイス食いたいんだよっ!」
雫は笑った。隣のプンスカしている大翔を見つめ、次に反対側の隣にいた加寿美に視線を送った。
加寿美は「私これ好きー、なんかこれやると元気でるよねー」とにこにこしながら言った。
「うん。私もだいすき」雫も笑顔で頷く。
「で、誰が真ん中やんの?」
男子副キャプテンである長内修が誰ともなく尋ねる。
「お前がやってくれよ、声一番でかいし、ずっとやってたんだし」と大翔。
「たまには別の奴がやろうぜ。今日は言い出しっぺのお前で」
「いや、そもそもの言い出しっぺは雫だけど」
「ええ! 私が⁉」
「雫先輩ファイトー」「くわ子も一緒にやったげなよ」「え、私? 別にいいけど」「だったら男子も誰かやれば?」「もう全員でいいだろ」「いや、それは絶対ぐだる」
うんぬん、かんぬん。
結局話し合いの結果、役職持ちである大翔、修、雫、加寿美の四人で分担することになった。総勢21人の円陣ができあがり、それぞれ顔を見合わせる。少しばかり空に近いこの場所で、自分たちの意志を乗せた声の花火を打ち上げることにする。
まずは大翔が、
「我らがシンボル!」
風見鶏のアップリケが縫い付けられたリストバンドを突き出す。
「『風見鶏』の向く先は!」
雫は力の限り大きな声で言った。
それに呼応するように全員が、
「「常に勝利の風の吹くほうだああっ!」」
物理的な力までも秘めた音の波が全身を震わせる。
「行くぞ――――――――――――――――――――――っ!」
部内一の大きな声を持つ修が地上に向けて、猛々しい声をぶつける。
そして加寿美が、綺麗な黒髪を振り乱し、
「風高、ファイ!」
全員が、自分の手前に足を突き出しながら、叫ぶ。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
全速前進。
今、一つのチームが走り始めようとしていた。
不確かな、それでも希望に満ちたその先へと。
まっすぐ、ただひたむきに。
風の吹くほうへと。
了