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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第六章 少女の願い
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 大翔は外まで一之瀬を見送ろうと、玄関を出た彼の後ろに続いて天野宅の外に出た。頭上には星の瞬く抜けるような空が広がり、周囲のそこかしこからは虫の声が聞こえてくる。


 石畳の上を十歩ほど進み、門を出たところで、大翔は目を丸くした。夜闇の中、目を凝らす。


 門の外にはもう一人ジャージ姿の男が立っていた。一之瀬とともに、ここまでついて来ていたらしい。

その男に、大翔は見覚えがあった。忘れるわけがない。会話したことはないけれど、記憶には鮮烈に残っている。


「一之瀬……颯?」


 一之瀬迅の弟、一之瀬颯が、天野宅の石の外壁に背を預けて携帯をいじっていた。


「お、覚えてんだな。俺の弟な。いつも一緒にランニングしてんだ」


 一之瀬兄がニッと笑みを浮かべてそう言った。

 しかし弟、颯の方は大翔の方へ見向きもしない。その様子を見て、迅は困ったような顔で髪をガシガシと掻きながら、


「おい、一つ上の先輩だぞ。知ってるだろ、風高の」


「うん、知ってるけど」颯は携帯に視線を落としたまま答える。


「だったら挨拶ぐらいしろ」


「…………ども」


 颯は聞こえるか聞こえないかくらいの声で、そう言った。


「ったく、人見知りが。悪いな、飛永」


「あ、いえ」


 突然謝られて、大翔は首を横に振った。迅は続ける。


「あいつ今年アメリカから帰ってきたところなんだ」


「アメリカに行ってたんですか?」


「うん、三年くらいな。バスケ留学って奴? それから帰ってきてから、ずっとあんな感じなんだ。元々人に慣れ合うタイプじゃなかったけど、それに拍車をかけてな」


 それを聞いて、大翔の中で一つの謎が氷解した。


 うちのチームでは先日の徳島県大会準決勝が行われるまで、一之瀬颯のことを知る者は一人もいなかった。あれほどの実力を持つ選手でありながら、彼と同学年の一年生ですら誰も颯のことを知らなかったのだ。


 不思議には思っていたけれど、そういうことだったのか。アメリカにいたというのなら誰も知らなくて当然だ。とんだ秘密兵器である。春の大会では出場させていなかったというのも憎い。全国への切符がかかっている総体でこそ、颯の初お披露目と行きたかったのだろう。あれクラスの選手を前情報もなくいきなり投入されたら、うちでなくても、大概のチームは動揺するはずだ。


「まあでも、あいつがお前に対してふて腐れてんのは、お前のせいでもあるんだけどな」


「え?」


 迅に言われ、大翔は首を傾げた。

 迅は颯の方に目をやって、続ける。


「あいつ、あの準決勝でお前と対戦するの結構楽しみにしてたんだ。春の大会で、お前のディフェンスの凄さは間近で見てたからよ。あのときは監督の指示で、颯は試合に出させて貰えなかった。でも、今度こそあのディフェンダーとやれるんだって、アイツにしては珍しく燃えてたんだ」


 その話の内容が聞こえていたのか、颯はバツが悪そうに、視線を逸らして俯いた。夜目にもその颯の顔が少しだけ赤く見える。


 態度は少しひねくれて見えるけれど、内面はそれほど悪くないのかもしれない。なんとなくそう思った。


「でも、お前あの日なんか調子悪かったろ?」


「あ……はい」


大翔は少しだけ俯く。やっぱり相手チームにもそうだとわかるくらい、あの時の自分のプレーは乱れていたようだ。


「実は、あのとき……」


「知ってる。さっきの子が救急車で運ばれたんだろ。修クンに色々教えて貰ったよ。お互い、災難だったな」


 迅は包帯で巻かれた右手を軽く掲げた。まだ治り切ってはいないようだが、ランニングぐらいはできるらしい。確かにもう全国大会まで時間もあまり残ってないし、暢気に全快するのを待っている気分にもなれないだろう。


「インターハイまでには治りそうですか?」


「ああ、問題ない。お前らの分まで頑張んねぇとだしな」


「はい、頑張ってください」


 大翔はそう笑いかけ、今度は颯の方へ顔を向けた。「颯くんも頑張れよ。あのオフェンス力なら十分全国でも通用するよ」


 しかしその言葉に颯は応えない。少しだけ顔の向きを動かし、コクンと頷いただけだった。

 大翔は気にせず続ける。


「ウィンターカップで全国に行くのは俺たちだから。この夏の大会で、悔いのないように全力出して来いよ」


颯は少しだけ目を丸くした。迅は「お?」と何やら楽しそうに見守っている。


「それはどういう意味ですか」


 颯が、今日初めてまともに喋った。


「そのままの意味だよ。今度やるときは、絶対にお前を止めてみせるから」


 それから数秒間、見つめ合った。睨むでもなく、ただ相手の真意を探るように、心を見透かすように目を合わせあった。その間の沈黙を破ったのは迅だった。


「へぇ、じゃあ颯は飛永が止めるとして、そん時は誰が俺を止めるの?」


 悪戯っぽく笑いながら、迅はそう言う。大翔は目を見開き、


「え、一之瀬さん、このインターハイで引退じゃないんですか?」


 雑賀東高校も風見鶏高校と同じく、進学校だ。彼自身も受験を前にしているはずだ。

 しかし迅は、こう言った。


「いや、ウィンターカップが終わるまで残るつもりだぜ。ちなみに小野田と光武も」


 それを聞いて、大翔は目を剥いた。「主力丸々残ってんじゃないですか。そんなのズルいと思わないんですか?」


「はは、そんなの知ったことじゃねぇよ。そんなに全国に行きたかったんなら、俺が怪我で出られなかったこの夏の大会が、お前らにとっての最初で最後のチャンスだったってことだ」


「む……」


 言われ、大翔は一瞬口をつぐむ。

 確かに冷静に考えれば分は悪いかもしれない。でも、不思議と絶望感はなかった。むしろ目の前に高い高いハードルを突きつけられて、わくわくしてしまっている自分がいる。


 その難攻不落の城を、自分たち風高バスケ部で叩き潰してやりたい。


「誰が誰を止めるかなんて、どうでもいいですよ。バスケはチームでやるもんですから」


「へへ、言うね。いいよお前。その自信に満ち溢れた顔、木ノ葉がよくやる顔にそっくりだ」


「あ、ちなみにこっちもその木ノ葉先輩と百合ヶ丘先輩が残ってくれる予定なんで」


「げ、マジかよ……木ノ葉の野郎、調子いいときのスリーの成功率鬼ってるからなぁ。百合ヶ丘も大柄なくせして、小技上手いし、場所とり上手いんだよ。――ま、それでも俺たちには敵わないけどね」


 言いながら、迅は準備運動を始めた。少し冷えた体に熱を与えているらしい。


「とりあえず、インターハイ頑張ってください。応援してます。リストバンドありがとうございました」


「おう、またな。ほらお前も」


「……ども」


 迅に促され、颯も控えめに頭を下げる。

 大翔はニッと笑い返した。


「おう、またな」


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