51
母である飛永香波と言葉を交わすのは約半年ぶりくらいだった。確か、正月のとき以来。顔合わせとなると、もう一年くらい会っていない。
そんなわけでその電話に出ることは、少々緊張した。古めかしい正方形に近い電話につながった受話器を手に取り、
「もしもし、母さん?」大翔はできるだけ平静を装った声をかける。
応答は早かった。
『あ、ヒロ? 元気にしてた?』
「うん、まあ元気だよ。母さんは、元気?」
『うん、元気元気』
元々口数は少なくて、姉である恵さんに比べたらやや引っ込み思案というか、少し大人し目な人であるけれど、今の香波は少し声が上ずっている気がした。自分と話せるのがうれしいのだろうか。そんなことを思うと、大翔もなんだか嬉しくなった。
『雫ちゃん、今日退院したんだってね』
「うん、今いるよ。代わろうか?」
『ううん。入院中何回もお話したし、それに私雫ちゃんとはメル友なの』
「なんだよ、じゃあ、俺にもメールしてくれたらいいじゃんか」
『あら、いいのかしら。男の子ってそういうの嫌がりそうかと思って』
「いいよ別に。まあ、無理にとは言わないけど」
『ううん、するする。でもメール無視しないでね。私そういうのですぐ傷ついちゃうタイプだから』
「なんだそりゃ」
最初はぎこちなかったが、他愛無い会話を繰り返すにつれ、少しずつほぐれていった。自然な笑いが出るようになる。軽口が出るようになる。大翔は時間を忘れて、香波と言葉を交わし続けた。
『で、雫ちゃんとはどうなの?』
「ど、どうなのってなんだよっ」
『恵お姉ちゃんが言ってたわよ。ヒロはうちの雫ちゃんにもうメロメロなんだって』
「別にそんなことないから! 恵さんの勘違いだよっ!」
言いながら、バレてたのか、と大翔は冷や汗を拭った。にしても恵さんは実の母になんてことをぶちまけてくれるのか。
「そう言えばさ、俺今日キャプテンに選ばれたんだ」
『へぇ、すごいじゃない!』
「で、女バスは雫がキャプテンなんだ。さっきまで一緒に練習メニュー考えてた」
『あらあら、仲良しね』
「だからそういうんじゃないからっ」
―――
「ああ、あの猫? 年賀状で見たよ。猫アレルギーの俺がいなくなった途端にここぞとばかりに飼い始めた猫だろ」
『もう、そんな言い方しないでよ。ヒロがいなくなって寂しかったときに捨てられてるのを見つけて、私神様からのプレゼントだと思っちゃってね。名前はロト』
「それってもしかしなくても、ヒロトのロトですか?」
『そう、あの子最近お隣で飼ってる猫ちゃんと仲良くなってね。というかもうメロメロ? 確か名前はシズちゃん。あらあらまあまあ、ロトちゃんがシズちゃんにメロメロかと思ったら、遠く離れた場所で大翔ちゃんも雫ちゃんに――』
「しつこい。切るぞ」
『わわ、冗談ですっ、切らないで!』
―――
『そう言えば恵お姉ちゃんに聞いたけど、また成績下がったんですってね。40人中38番だったっけ?』
「う、だってあのときは総体前で勉強どころじゃなかったんだよ」
『それは他の子たちも一緒でしょう。雫ちゃんだって頑張って……35番とってるじゃない』
「頑張ってその成績って結構まずいと思うけど」
『そういうことは雫ちゃんに勝ってからいいなさい。……でもまあ、雫ちゃんにももうちょっと頑張って欲しいわね』
ちなみに同じ二年三組のバスケ部のメンツで言えば、修は40番で加寿美は3番だった。
そんな感じに、大翔は母親香波とのたわいのない会話を続けていた。