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「お、やっときた」
と、いつの間にやら大翔の隣に座っていた修がそう言うを聞きつけ、大翔はすっと視線を移す。
一階のコートの扉から雫たち――風見鶏高校女子チームがBコートへと入ってくる。そして他の女子チームたちも自分たちが試合を行うコートへと入っていき、走るなり、ボールを回すなりして、体を動かし始めた。試合前のウォーミングアップだ。
「あの、そう言えばなんで、みんな外でアップしてたんスか」
大翔は木ノ葉に尋ねた。
第一試合を行うチームは、最初からコートの中を練習のために使わせてもらえるはずで、普通はその慈悲にあやかって、素直にコートでアップ(ウォーミングアップ)をするはずだ。だから今思えば、雫たちが外でアップしていたのはなんか変だ。
「ああ、さっき一騒動あってな。狸がコートに入ってきたんだよ」
「た、たぬき?」
なぜか愉快そうに言う木ノ葉に対し、大翔は目を丸くして尋ね返す。
「それで選手は一時避難。結局狸の方はどっかに逃げちまったみたいだけど」
「それで、誰かケガとかは?」
「怪我人は出なかったけど、ほら、雫ちゃんだっけ? お気に入りのリストバンドを狸に持ってかれたとかで、半泣きになってたな」
言われ、大翔は顔を青くした。まさか、いやでももしかしたら……
「そ、そのリストバンドってどんな物でした?」
「え、ああ……よく覚えてねぇけど、黄色っぽかったかな?」
「うぬああああああ――――――っ!」
「え、な、なに?」
素っ頓狂な声を上げる半狂乱大翔を前にして、木ノ葉は顔をしかめた。すると隣に腰かける修が何やら楽しげに、
「それ、大翔からの雫ちゃんへのプレゼントなんすよ」
「ありゃあ、そりゃ大変だ」
「言葉に感情こもってない! つーか修てめぇなんでそれ知ってんだよっ!」
確かにその盗られた物であろう黄色地のリストバンドは、身の丈以上のありったけの勇気を総動員して、誕生日プレゼントとして大翔が雫に贈ったものだったが、そのことを誰かに話した覚えはなかった。
「ふふ、お前の考えていることなんざ八割方お見通しだ」
「なにっ⁉」
しかしこれ以上つっかかっても明らかに自分の方が分が悪いと見た大翔は、コートの方に目をやってみた。
確かにその視線の先にいた天野雫の目が、沈んでいるように見えなくもない。同年代の二年生のチームメイトに、まあまあと言う感じで肩を叩かれていた。
別に自分のプレゼントのことはどうだっていい。雫が望むなら、改めて買い直してあげたっていい。憂慮すべき点は他にある。雫は本当に呆れるほど責任感の強い人物で、そのプレゼントを無くしてしまったことに、恐らく人並み以上に心を痛めているはずなのだ。
試合に影響しなきゃいいけどな、とそこだけが心配だ。雫は二年生ながらも風見鶏のスタメン。雫のプレーの良し悪しで、試合結果は当然変わる。
「心配なら、声かけてきてやれば?」
何かを見透かすような目でこっちを見つつ、木ノ葉が言った。
「や、大丈夫でしょう」
「そんなヤワな子じゃねぇか」
「はい、これくらい平気かと」
大翔は心では迷いながらも、木ノ葉にはそう言い切った。心配そうに雫の背中を視線の先で追いながらも、自分に言い聞かせるように、そう言い切った。