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そんな折、
「おーい、ちょっと悪いんだけど、みんないったん集まってくれ」
背後からそんな声がかかり、大翔たち三人は振り返った。
その声の主は、この広場一帯の真ん中辺りで仁王立ちしていた木ノ葉之平だった。
「ちょっと重大発表がある」
彼がそう続けたので、大翔たちは不思議そうに顔を見合わせながらも、腰をあげて木ノ葉の方へと歩いて行った。他のみんなも同じように集結し、車座になって木ノ葉を取り囲んだ。そして木ノ葉はゴホンと大仰に咳払い。
「百合ヶ丘くん、例の物を」
「…………へ?」
という百合ヶ丘のポカンとした顔での返しと、沈黙が場を支配する。
「…………お前がそう言えって言ったんだろう」
木ノ葉は恥ずかしそうに顔を赤くして、傍らに立っていた百合ヶ丘に詰め寄った。「あ、ああ、コレね?」とやがて得心がいったように百合ヶ丘はうんうん頷く。そして筒状に丸められた模造紙を木ノ葉に差し出す。
「悪い、ついさっきのは忘れてくれ」
木ノ葉が視線を明後日の方向に向けてそう呟くのを見て、「ゆっきーかわい!」「先輩照れてるっ」と女子部員が色めき立つ。木ノ葉はさらにバツが悪そうに髪を掻き揚げながら、百合ヶ丘とともに模造紙の端と端を持ち合って、「じゃあ気を取り直して」そう呟いた後、
「「せーのっ」」
左右に同時に引っ張り合い、その模造紙の中身を露わにした。
そしてその中身は、
『風見鶏高校新チーム
キャプテン 天野雫 飛永大翔
副キャプテン 新谷加寿美 長内修 』
「「おおーっ!」」「「ええっ⁉」」
という、大まかに分けて二種類の声がそこかしこで上がった。
と言っても、後者は大翔と雫と加寿美と修のものだ。そしてそれ以外の者は「何をいまさら」と言う顔をしていた。
「お、おおおお俺がキャプテンですか?」特に大翔の動揺は大変目に余るものだったらしく、木ノ葉は眉根を寄せ、
「何驚いてんだ。順当に言ってお前しかいないだろ」
諌めるようにそう言い、さらに続ける。
「ここ最近は二年で唯一スタメン張ってたわけだし、お前が責任感の強い奴だってのは今回のことでよくわかった。天野も同じだ。まあむしろその責任感が強すぎて逆に心配だってのもあるけど、その辺のフォローは長内と新谷に任せる。この決定は風高バスケ部三年生全員と花都監督で決めたことだ」
そう言われ、大翔と雫は先輩たちと花都先生の方に目を向ける。人の気も知らないで、みんな清々しい顔で頷いていた。
「どうしても嫌だ無理だと言うんなら、他の奴にしてもいいが?」
木ノ葉がどこか試すように問いかけてくる。
大翔は雫の方を見た。同じタイミングで雫も自分の方に顔を向けてきた。そして静かに頷き合う。
「「やります」」
「よし」
木ノ葉が笑ってそう言った。そして他の部員たちがやんややんやと騒ぎ始める。「大翔キャプテン! 俺たちはどこまでもついて行くッスよ!」調子のいい一年生部員がそう囃し立てる。
「じゃあさっそく、両新キャプテンに抱負でも熱く語って貰おうかね?」
元女バスキャプテンの山瀬が悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、木ノ葉が「いいなそれ」と賛同した。
大翔は早速ついさっきのいい返事を後悔した。だからそう言うのは苦手なんだってば。
「じゃあ、まずは雫から!」
「は、はい!」
山瀬に言われ、雫はやや興奮気味というか緊張気味というか、色んな感情に塗れているぎこちない表情ながらも、一度深呼吸して、「えっと、キャプテンに選んでいただいた天野雫です。よろしくお願いします」嘘のように澄んだ声で、語り始めた。
「私は今回のことでみんなに大きな心配と迷惑をかけてしまいました。自分の思い上がった行動は反省し、こんなことは二度とないようにします。もう一度だけ、謝らせてください。本当にすいませんでした」
「堅いよ、雫~」そんなことをみんなから言われ、雫ははにかむ。そして続ける。
「実は私そのことで思い悩んで、バスケ部はもう辞めるつもりでした」
「ええっ!」と言う顔で皆が一斉に固まる。そのことはあまりに予想外だったのか、驚きの声さえ出せないでいた。
そんな中、 雫はチラッと大翔の方を見た。
「――――でも」
雫の左手首にはいつの間にかつけられていた、黄色地のリストバンドが光を放っていた。二度と今回のような悲劇が彼女の身に降りかからないようにと出来る限りの祈りを込めた、お守り代わりのリストバンド。雫はそれを愛でるようにそっとさすった。
「今日ここに来て、私がそんな風に思い悩んでしまう本当の理由にも気づくことができました。私がそう思ったのは、みんなのことが好きだったから。そんなみんなに嫌われたと思ったから、そしてそれを直視することが怖かったから、私は逃げるようにバスケ部を辞めようとしてたんです」
そこまではどこか溜めていた負の思いを何とか引き出したような少し重い表情をしていた雫だったが、やがてぐっ顔を上げ、表情を引き締めて、どこか清々しく再び口を開いた。
「でも今は違います。わたしは大好きなみんなのために、もっと頑張りたい。みんなとバスケがしたい。私に上手くやれるかまだわからないけど、今回こんな風にキャプテンに選んでもらえて、凄く……すごく、うれしかったです」
その辺りで雫の目が潤んでいるように見えたが、今度はちゃんと堪えて見せた。
そして小さな体で、細い白い腕で、それでも力強く意気揚々と雫は拳を突きあげる。
「み、みんなで、力を合わせて、楽しく元気に頑張りましょ――っ!」
「「おおーっ!」」
みんなが一斉に叫んだ。「楽しく元気に、だって」「雫らしいねっ」「山瀬みたいになっちゃだめだよー」「どういう意味だ⁉」「「雫キャプテンよろしく!」」言いながら、パチパチと手がはれ上がらんばかりに手を打ち鳴らす。雫は最後にぺこりと頭を下げて、一歩後ろに下がった。
そして、隣にいた大翔に向かって小さく手を振った。
「ひろちゃん頑張って」
「お、おう」