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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第五章 かけがえのないもの
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   *

 

 総勢39人分の料理を作るのはとんでもない労力を要するものだった。


 しかもその39人の一人一人が体育会系らしい腹底なしの大食漢で、作れども作れども瞬く間に消化されていく。元々は雫のためだと丁寧に丹精込めてフライパンを振るっていた大翔だったが、次第にどうでもよくなった。ちゃんと味わっているのかも定かでないスピードで次々と口の中に掻き込まれてしまっては無理もない。


 しかし、そのくせご面倒な先輩様方は「火の通りが甘いな」「調味料ケチったろ」「俺たち全員を雫ちゃんだと思って作らんかい」と超上から目線で言ってくるのだった。


 ――いや、まあ確かに上の人ではあるんだけど。今日の主役って、雫だよね? あんたらじゃないよね? ていうか結局あんたたち飯食ってるだけじゃね?


 それでもようやく終わりが見えてきた。皆がその辺の草原に寝転がったり、木に登ったり、いつの間にか買ってきていたお菓子を食べたりしていて、箸は皿に置かれていた。


 大翔は一息つくかと、芝生の上に腰を下ろす。すると、隣で大翔と同じく延々フライパンを振っていた新谷加寿美もバンダナを外しながら、へなへなとくずおれた。


「お疲れ」大翔が何気なくそう声をかけると、

「うむ」加寿美は酷使した右腕をプルプルと振っていた。「なんか腕つりそうなんだけど」

「同じく」


 大翔も右腕を左手で揉んでみた。心配になるくらいにパンパンだ。大翔は日々これを繰り返している全国の料理人の方々を尊敬した。


「にしても、あんた中々やるわね。うちの食堂でバイトしない?」

「別の時に聞いてくれたら考えたかもだけど、今はまるでやる気になんねぇな。もう一生分作った気がする」

「同じく」


 それから大翔と加寿美は何となく顔を見合わせ、ほぼ同時に力のない笑みを浮かべ、近い方の腕を伸ばして拳をこつんと突き合わせた。


 加寿美は衝突することの多い奴だが、此度の共闘で友情が生まれた気がする。雫のためにと一番頑張ったのは、加寿美のような気がする。


「雫、元気になってよかったわね」


 加寿美がぽつりとそう言った。

 彼女の視線の先には、先輩たちと楽しそうにおしゃべりしている雫の姿があった。確かにその様子はすっかり元気を取り戻しているようで、大翔は疲れとともに安堵の籠ったため息をもらした。


 正直料理を作るのに手いっぱいで、あのリストバンドを渡して以降は雫に気を配る余裕はほとんど残っていなかった。でも、その辺は先輩方が上手くフォローしてくれたらしい。


「そうだな」


 そのままぼんやりと雫の方を二人揃って眺めていると、やがてその視線に気づいたのか、雫は近くのテーブルの上にあった缶ジュースとお菓子を両手に抱え、大翔と加寿美の方へと駆けてきた。


「ひろちゃんもくわちゃんもお疲れ様。料理おいしかったよ。ありがとね」


 缶ジュースを差し出しながら、雫が言う。


「お粗末さまでした」加寿美は笑いながらそう答え、受け取ったサイダーを開けた。シュパ、と炭酸の抜ける音がする。


「ほらひろちゃんも」

「おう、ありがと」


 大翔もジュースを受け取り、知らぬ間にカラカラに乾いていた喉を潤すため、ジュースをあおった。よく冷えていて、堪らなく美味しい。その様子を、微笑みを浮かべて眺めながら、雫は加寿美の隣に腰を下ろした。


「これおいしいよ、もう食べた?」雫が隣の加寿美に尋ねる。


 その手に握られていたのは、小分けに包装されたケーキの数々だ。でもあくまでそれは人の手による包装で、つまりは手作りだった。製作者は花都先生。彼女はお菓子作りが数少ない趣味らしい。


「ううん、私たちあんまり食べる暇なくて、貰ってい?」

「どうぞどうぞ。ほらひろちゃんも」

「ん、サンキュ」


それを三人揃ってもそもそと食べ始める。


「うまっ!」

「うめぇ!」


 加寿美と大翔がほぼ同時に声をあげた。


「でしょ?」と雫も色めき立つ。疲れも吹っ飛ぶようなあまりの美味しさに、大翔と加寿美は我を忘れたようにバクバクと食べ進めた。


 花都先生は練習終わりや試合終わりなどに、糖分を取るためと言う名目でお菓子を持って来てくれることがある。はたまた男子衆がそわそわしっぱなしのバレンタインのときには、手作りのチョコレートを持って来てくれて『チョコ獲得数ゼロ』と言う不名誉を切り捨ててくれる天使のような存在だ。


 そのため風高バスケ部全員が花都のお菓子作りの腕前を知っているわけだが、それでも唸らずにいられないほどに堪らなく美味かった。食べ物にうるさい加寿美も、舌を巻いている。


「やっぱ上手いな花ティー。んー、うちでもこれクラスのデザート出したいなぁ。ねぇ雫、今度いっしょに先生にお菓子作り習おうよ」


 加寿美が珍しく女の子らしいことを言いだした。

 大翔は何となく空を見上げてみる。おかしいな、晴天だ。


「あ、いいね。私料理とか全然ダメだけど、興味自体はあるんだー」

「でも雫、魚さばくの上手いじゃない」


「あー、あれだけはお父さんに叩き込まれてて、でもその先がねぇ……」そこで雫が突然、ふふっ、と笑った。二人の会話を何気なく空耳で聞いていただけだった大翔も、何となく雫の方を見た。雫は、めっちゃくそ可愛い笑顔を浮かべていた。


「どしたの?」加寿美はつられて少し笑いながらも、不思議そうに尋ねる。確かに、会話の中に笑いのタネはなかったように大翔にも思えた。


 やがて雫は天使のような微笑みを浮かべたまま、


「くわちゃんて、何か食べるといっつもほっぺに何かつくよね」


 雫がそう言うと、加寿美は顔を赤くして、「え、また何かついてる⁉」と狼狽えながら頬を手で拭い始めた。


 大翔もそっと加寿美の横顔を覗き込むと、確かに口のすぐそばにケーキのクリームがちょこんとついていた。

 大翔は吐き捨てるようにただ一言。


「小学生かよ」

「うっさいわね! ていうかあんたもさっきからボロボロボロボロ零し過ぎ!」


 照れ隠しのためか、加寿美はやけに強気で突っかかってきた。


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