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自分が大翔に連れてこられたこの場所は、山のただ中にある上空の開けた草原帯のような場所で、そこにいくつものテーブルが並べられ、多種多様な料理が広げられ、それはもはやちょっとした屋外パーティーさながらで、その中心で雫は腰を抜かしてへたりこんでいた。
状況がわからない。
「あっはっはっ! 雫もしかして腰抜かしちゃった?」「かわいいやつめ」「ここまで驚いてくれたらやりがいがあるってもんね」
女バスのキャプテン山瀬を始めとした先輩たちが、雫の方を見て屈託なく笑っていた。そして山瀬は手を差し出し、「ほら、立てる?」
笑顔でそんな風に声をかけてくれる。
それは、あの試合以前となんら変わりのない接し方だった。
じわ、
「おわ、泣いた!」「どうしたの雫」差し出された山瀬の手を握ったものの、その手に力を込める様子もなくへたりこんだままの雫を見て、山瀬たちがうろたえ始める。
「……だって」
「だって?」
雫の言葉を聞いた山瀬は雫の隣に腰を落とし、それから優しい声色でそう尋ね返した。
「もう……先輩たちに、嫌われちゃっだのがと、思っで」
一瞬、空気が止まる。
そして数瞬後、「「うえええっ⁉」」
隣に座る山瀬を始め、先輩たちが素っ頓狂な声を出した。
「なんでそうなる⁉」
「だって、先輩たちからは電話もメールも、お見舞いも、全然、ながっだがら」
それを聞いた瞬間「めんどくせっ! ……と、そうじゃなかった! 峰岸ぃ!」と山瀬が声を荒げた。それから俯いたまますすり泣く雫の頭上で激論が交わされる。
「だから言ったじゃん!」「知らないよ! でもお父さんが言うんだもん!」「ていうかどっきりのインパクトを高めるためにお見舞いもやめとこうって言ったのは、美野里じゃなかったっけ?」「結局はそこだよね」「う、うるさいわよ。最終的にはアンタラも乗ったじゃん!」「だって、キャプテン命令だなんて言われちゃったら……ねぇ?」「そうそう」「くぅぅ! あんたたちは困ったらすぐキャプテンのせいにするんだから!」
うんたら、かんたら。
一通り激論を交わした後、山瀬美野里がその事情を話してくれた。
「実はね、私たち雫の病気がどういうものかよくわかんなくて、そんなときに峰岸の親父さんが『心臓が悪いなら、ペースメーカーつけてるのかもしれんな。メールとか電話はしない方がいいんじゃないか?』って言いだして」「それって私のせいなの?」と峰岸。「今雫と話してるから黙ってて!」
やがて山瀬は雫の頭を撫でながら、その小さな体を抱きしめた。
「とにかく、ごめんね。嫌な思いさせちゃったね。でも、雫バカだよ? 私たちが雫のこと、嫌いになるわけないじゃん」
その言葉を聞き、雫は顔を上げる。山瀬は雫から体を外し、正面から優しく見据え、雫の目元の涙をそっと拭ってくれた。
「くわ子たちから雫が元気なくしてるってのは聞いてたんだ。だから、みんなで話し合ってさ。雫が退院したらそのお祝いをしようってなってさ。そしたら――」山瀬は顔を上げ、後ろを振り返る。その視線の先にいたのは男子バスケ部キャプテンの木ノ葉だった。
「ゆっきーたちもおんなじこと考えてみたいでさ。じゃあみんなで派手にやるかってなって、こうなったんだよ? まあ、私たち自身も楽しんじゃってるんだけどさ。それでも、みんなそれぞれ雫のために、色々頑張ってくれたんだよ?」
それから、山瀬はにっこりとほほ笑み、雫の頬に手を添えながら、
「雫のこときらいなんて思ってる奴らが、こんなことすると思う?」
じわ、
もう限界だった。ぼろぼろと流れ落ちる涙はとどまることを知らず、その様子を見た山瀬はより一層強く雫のことを抱きしめる。その温かみが、冷えていた心を優しく解きほぐしていく。
自分はなんてバカなんだろう。一体何を悩んでいたんだろう。
「ごめん……なざい」涙交じりにそう言うと、
「はいはい、よしよし。今は泣け泣け」山瀬にまた頭を撫でられた。
「それよりほら、くわ子たちが料理作ってくれてるから。お腹空いてる?」
「はい」
「じゃあ食べちゃおう。ほら、立って立って」
山瀬に手を貸して貰い、雫は立ち上がった。そしてぺこりと頭を下げ、
「み、みんなありがとう。男子のみなさんも、私のために、ごめんなさい」未だ涙声のままで、弱々しくそう言った。
すると方々から楽しげな声が返ってくる。「気にすんな」「みんな雫ちゃんのファンだからよ!」「おいそれはやめとけ三宅。大翔が鬼の形相で睨んでるぞ」「あ、そうだったな。ちょいと雫さん。うちの大翔から何か話があるそうです」「え、ちょっとやめてくださいよ! ないです、何もないですからっ!」そして何やら慌てふためいた様子の大翔が、男子の先輩たちに押し出される形で雫の前にやってきた。
「行け大翔!」「為せばなる」「為せねばならん」
「わかったからちょっと静かにしててください!」
やがて、頬を赤らめた大翔が雫に向かい合った。そして大翔は何かを言いだそうと口を開いては、しかし恥ずかし気に目を逸らして口を噤んでしまう、そんなことを何度も何度も繰り返していた。
「いつまで待たせるんだよ!」「お前がさっさと言わないとパーティーが始められないだろう!」先輩たちのヤジが、心なしか投げやりになってきた。
「いきなり空気作ったのアンタたちじゃないですか! 俺は後でこっそり渡すつもりだったのに!」
「渡す?」その言葉が耳に残り、雫は気がつけば尋ねていた。