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快晴だった。絶好の退院日和だった。天野雫はゆっくりとベットの上で伸びをして、窓から差し込む太陽の光を浴びていた。ベットの周辺には、色鮮やかな花々、果物やお菓子類のお見舞いの品が場を占拠していて、どのように持って帰ろうかと雫は少し悩んでいた。
そのお見舞いの品々は二年三組のみんなが持って来てくれたものだ。しかも何か自分たちのことを気遣ってくれたのか、四、五人が入れ替わり立ち代わりで病室にやってくるという、何ともシステマティックなお見舞い方法で、どんな理由でかは知らないがその最後に押しやられてしまったらしい大翔が、自分を見るなり、ぶわっと泣き出したことが印象に残っている。
手術は成功だった。
悪さをしていた回路が見つかり、そこを焼切った後心臓に刺激を与えて発作を誘発してみても、それ以降は発作が起こらなかったため、ひとまずこれで安心だと言うことである。麻酔は部分麻酔だったが、正直手術中のことはあまり覚えていない。
心臓の手術と聞いて怖い思いもあったが、想像していたよりはあっけらかんとしたものだった。それは現代の医学がいかにすごいかと言うことだろう。「いい時代に生まれたな」と父の巌人が言っていた。
だが手術が終わった一昨日、雫は生まれて初めて、母親の恵にビンタをされた。それは加減されていてそれほど痛くはなかったが、とても衝撃的だった。
「ずっと、ずっと我慢してた」涙交じりにそう言われ、「今回みたいな無茶は二度としないで」そう言った後、母は自分のことを優しく抱きしめてくれた。自分が生の瀬戸際に立っていたことを実感させられた。自分の命が自分一人だけのものでないことを、今回たくさんの人が教えてくれた。そして、それはとても幸福なことだとも思った。
だが、一つだけ気がかりなこともあった。
バスケ部の先輩、山瀬キャプテンたち三年生、そのうちの誰一人もお見舞いには来なかった。こちらから送ったメールの返信もなし、電話も無し、誰かからの言伝も無し。
自分は、先輩たちに完全に嫌われてしまったようだ。
「しかしこれ凄い量だね。雫ちゃんはホントに人気者なんですな~」
たった今退院を果たした病院の駐車場、車にお見舞いの品を詰め込んだ母の恵が、どこかからかうように言ってきた。「我が娘ながらモテモテだね。ね、ひろくん」
恵は傍らに立っていた大翔にそう話を振るのだが、彼の方はなんだか不貞腐れた顔をしていた。「くそ、俺が真っ先に駆けつけるつもりだったのに」そんなことを零しながら悔しそうに歯をかみ締めていた。
今日は日曜日だったので、大翔も普通に私服だ。そして明日からは雫も学校に通う予定である。生活に支障もない。全快と言っていい。何なら――もちろん様子を見つつではあるのだが――運動することも許されている。明日からは男女ともに、次の世代の風高バスケ部がスタートする予定だ。
しかし。
雫は、バスケ部を辞めるつもりでいた。
考えに考えて、悩みに悩んで、その末に辿り付いた結論だった。今回のことで自分は多くの人に迷惑をかけた。悪気があったわけではない。それでも迷惑をかけたことは事実だ。悪気が無かったというだけで許される失敗は、この世の中に置いて案外少ないのではないだろうか。
辞めることを決めたことは、今朝方大翔に話した。その時、彼の反応は意外にも薄かった。「そっか」と、むしろそう来ることが分かっていたかのような、それに対抗する切り札をすでに用意しているかのような、そんな顔をしていた。雫にはよくわからない。
「雫」
その大翔が駐輪場から自転車に乗ってこちらにやってきた。そして後ろの荷台を示している。そこにはご丁寧に座布団が巻きつけられていた。
乗れ、と言うことらしい。
「ちょっと、お前を連れて行きたいところがあるんだ」