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「も、もしもしっ!」
大翔は授業中にも関わらず、電話に出てしまった。しかし周りに迷惑そうに顔をしかめる者は一人もいない。教卓に立つ花都先生も、クラスメイトたちも、二年三組の一員である雫が今日手術を受けることは知っているし、その結果の連絡が大翔に来ることも知っている。みんながみんな、電話に出た大翔の様子を固唾を呑んで見守っていた。
そして、
『 』
恵の声がする。
その声には涙が混じっていた。鼻をすする音。
それが伝播するように大翔の目から、じわっ、と涙が零れた。その様子を見て、クラスメイトの顔が皆一様に堅くなる。
「ちょ、飛永、どうしたのよ」
斜め後ろに座る新谷加寿美が堅い声で尋ねた。大翔はそちらに振り返り、
一言、
「成功、じだって……」
数瞬後、クラス内で喝采が沸き起こった。男子陣は手を打ち鳴らし、指笛を響かせる。女子陣は目じりに涙を浮かべながら、手をつないだり抱き合ったりしていた。
そんな中大翔は一番豪快に泣いていた。「おい大翔泣き過ぎ!」「びっくりさせるんじゃねぇよ!」おうおうと泣き続ける大翔の肩や背中を、クラスメイトたちがびしばしと叩き始めす。
そこに加寿美が加わる。「心臓止まるかと思ったわよこのバカっ!」その加寿美の目からも涙が零れていた。教卓では花都先生も、取り出したハンカチで目元を拭いていた。そこへ大騒ぎを聞きつけた別の教師がやってくる。
「何の騒ぎですか花都先生!」「あ、す、すいません! すぐに静かにさせますので!」そんなやり取りには、クラスメイトの誰一人だって気づかない。
そんな中、バスケ部である長内修が声をあげる。「もうじっとしてられるか。みんなで雫ちゃんのとこに行こう!」おおっ、と一気に賛同の声があがった。二年三組の全員が何やら雰囲気に呑まれていた。
「だ、だ、ダメですよ! まだ授業中です!」花都先生が慌ててそう口を挟む。
そこに、意外な場所から追撃が加わった。「そうだぞみんな、先生を困らせんな」
そう言ったのは大翔だった。
修たちは目を丸くする。
誰もが大翔こそ真っ先に雫の元へと駆け出すと思っていたのだろう。呆気にとられた様子の皆の方を向き、大翔は続ける。
「一応手術は終わったけど、これから検査もいろいろあるんだ。こんなにいっぱいで押しかけたら、病院にも雫にも迷惑がかかる」
心のどこかではみんなもそう思っていたのだろう。渋々納得と言った感じで、そうだな、そうね、と皆が頷き始めたが、
「だから、ここは代表して俺が一人で行ってくる」
全員が一斉に目をむいた。「お前ふざけんなよ!」「一人良いとこ取りか!」「大人びたこと言っといてなんだそれ!」さっきまではまだどこか勇気づけやスキンシップぽかった背中叩きが、もはや打撃だった。しかし雫が無事と知った大翔はもはや無敵。
「うるせぇ! もう我慢できん! 何としても俺はいく! ついてくるんなら勝手について来い!」「「おおっ!」」「行こ行こ!」「ごめんね美砂せんせーっ!」「雫はわたしたちの親友だからっ」あっという間に教室はもぬけの殻になった。
二年三組、前期半ばにして学級崩壊。
しかし、花都の心はどこか清々しいものだった。
「雫さんは、本当にみんなに愛されてるんですね。――少し、羨ましいな」
そこで携帯が震える。着信は雫の母親である恵からだった。