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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第四章 向かう風ありゃ
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 果たしてこれまで生きてきた十六年間の中で、これほどまでに時間の流れを遅く感じたことはあっただろうか。昔の偉い人が言った。時間の流れは一定ではないと。今の自分が置かれている特殊すぎる状況下が、時間軸を捻じ曲げ、時の変遷の只中を行ったり来たりさせられているのかもしれない。


 大翔は二年三組の教室の窓際、後ろから二番目に位置する自分の席で、瞬きすることすら惜しい心持ちで携帯電話を眺めている。高校に進学する際に買って貰ったスライド式の携帯だ。それを落ち着かない様子でシャカシャカとスライドさせていた。


「あのぅ……飛永くん。授業中は携帯使わないで貰えませんか?」


 やんわりとそんな風に注意してくるのは、バスケ部の顧問でもあり二年三組の担任でもあり、そして今行われている保健体育の授業担当でもある、花都美砂先生だ。


 身長150センチほどの可愛らしい先生は、教科書片手に困った顔をしている。大翔は特別優等生というわけではないが、それでも授業中に携帯をいじったりはしない、ある程度の常識は持っている生徒だ。だからこそ、花都も戸惑っているのだろう。


「あ、すいません」


 大翔は一言そう言ったものの、今度は携帯を机に置き、それをじーっと眺め始めた。携帯を片付ける素振りはない。


「あの、できればポケットにでもしまってくれないかな~、なんて」


 花都はやんわりと粘った。バスケの監督としてはスパルタだが、教師のときはとても優しい。


「先生」

「はい?」言われ、花都は小首を傾ぐ。


 大翔は目を向けもしないまま、


「今ちょっと忙しいんで、話しかけないでください」

「ええ⁉」


 花都は目を丸くする。周囲でクスクスと笑い声が漏れた。大翔の普段との違いにどぎまぎしているのは花都だけで、クラスメイトは皆、大翔が携帯に食いついている理由を知っている。



 今日は天野雫の手術日だった。

 そのため当初大翔は、その日は学校を休んで、病院の手術室の前で回復呪文でも唱えながら手術の終了を待つつもりだったのだが、雫に「そんな大層な手術じゃないから来なくていいよ」と言われてしまった。


 そして雫の母親――恵からは「こないだの中間あんまりよくなかったんだから、授業はちゃんと出なきゃだめ。それに聞いたよ、何日か前に授業ほっぽりだして、先輩とバスケしてたんだってね」と普段怒ることの少ない彼女に珍しく真剣に諭されてしまった。


 その結果、大翔は断腸の思いで泣く泣く制服を着こみ、此度学校へとやってきたわけである。

 そして現在六時間目。予定で言うならば、もうそろそろ手術が終わって良い頃である。手術が終わったら、仕事を休んで付き添っている、恵か巌人から連絡が来る予定だが、未だ携帯に朗報は届かない。


「………………む」


 もう、ホントにもう、いい加減にして欲しい。


 昨日から一切喉を食事が通っていないと言うのに、胃はきりきりと痛く、吐き気が続いている。当然ながら授業に集中などできるわけもなく、むしろ間断なく携帯に意識を注いでいる自分に、教師たちが冷たい視線を送ってくるばかりだ。


 そんな中大翔は想像する。雫が手術台に横たわっている。足の付け根にメスを入れられ、そこからカテーテルを通される。それが彼女の生命を司る心臓の傍を這いまわる。――うわ、うわ、うわーっ! お願いだからもうやめて! 代わりに俺の心臓八つ裂きにしていいから!


 こんな状態があと数時間も続こうものなら、自分は発狂してしまうかもしれない。手術失敗の連絡など聞こうものなら――うん、そのときは、もう仕方ないよな。死のう。


 かろうじてクラスメイトたちに迷惑をかけまいと言う思いが働いていたのか、設定されていたマナーモードにより携帯がブーンと震えた瞬間、大翔は光速で携帯を引っ掴んだ。


 掴んだ手が電動歯ブラシのように揺れる。

 画面に表示されている着信名は――『恵さん』。


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