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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第三章 誇り高き守備特化
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「はぁ、俺これでも皆勤賞だったんだけどな」


 九時。少し前に朝のホームルームが終わり、五分後には一時間目が始まろうとしている。

 そんな頃、木ノ葉は大翔とともに部室にいた。二人とも汗に濡れたTシャツを脱ぎ、肩からタオルをかけている。木ノ葉は自分で持ってきていた汗ふきシートで汗を拭いつつ、新しいシートを大翔に一枚差し出してやりながら、


「使えよ」


 しかし大翔は苦笑いを浮かべて、首を微かに横に振る。


「あ、俺、そのスースーするの苦手で」

「なんだそりゃ」


 それが爽快でいいんだろうに。まあ、無理強いすることもないかと、木ノ葉は素直にそれを引っ込めた。そして入れ替わりに口を開く。


「今日ので六十二勝四十五敗か。また一歩近づかれたな」

「勝ち越しには程遠いですけどね」


 大翔は鞄から取り出したノートで自分に風を送りつつ、部室の壁に掛かっているおもちゃのような教科書サイズのホワイトボードに書き連ねられた正の文字に一本線を足した。


 木:正正正正正正正正正正正正丅 

 飛:正正正正正正正正正


 二人の一ON一の勝ち星の数である。

 そして今日の勝負は大翔の勝ちだった。しかもこれで大翔の六連勝。結果として開きはあるが、ここ最近の勝負では大翔のほうが勝率は上である。このままやり続ければいずれ大翔が勝ち越すことだろう。


「まあ、俺が有利なルールでやらせてもらってますからね。俺も攻撃をやるってなったら、勝負にもなりませんよ。さっき試しにやってみて、先輩もわかったでしょう?」


 大翔は曖昧に笑いながら、そんなことを言った。

 試し、とはそのままのことだ。先ほど体育館から帰ってくる少し前、勝負を終えてこの部室へと帰ってくる少し前に、試しに大翔を攻撃、木ノ葉を守備で一ON一をしてみたのだ。


 正直言って、話にならなかった。


 どうして守備であれだけの動きができる男が、攻撃ではこんな有様になってしまうのか。木ノ葉にはどうしても理解することができなかった。


 もちろん選手一人一人、能力の分布には個人差がある。それは当然のことだ。ドリブルは上手いのに、シュートは下手くそ。もしくはその逆。種類は様々。選手の数だけ能力パラメータの違いは存在する。それはわかっている。


 しかしこの男、飛永大翔のそれは、いくらなんでも極端すぎる。


 あれだけのディフェンス力を発揮して見せるには、脚力や背筋力を始めとした諸筋力、反射神経、そして大翔の真骨頂とも言える「次の動きを予測し、対応する」的確な判断力が必要になってくる。


 それだけのものを有している男が、なぜ攻撃でもスペシャリストになれないのか。いや、そこまでいかなくとも中の中くらいの実力も持てないのか。それが木ノ葉にはわからない。


 往々にして攻撃と守備の力量は並行して追随するものだ。多少開きはあるにせよ、攻撃が上手い選手は大概守備もできるし、その逆もまた然り。そして攻撃が上手くない選手は残念ながら守備もそれほど上手くない。それが普通なのである。


 それを覆すような選手は、偏った局所的な天賦の才の持ち主か、あるいは元々何も持たなかった選手が血の滲むような努力の末に手に入れた一点突破の武器なのだろう。それはそれで立派なものである。


 大翔はそのいずれかなのだろうか。


 ――違う、気がする。


 これでも一年と数か月間自分は風高のキャプテンとして、後輩である飛永大翔を見続けてきた。大翔の才能の偏りに違和感を感じた経験など枚挙に暇がない。


 でも、そこには深入りしないようにしてきた。本当のところ、彼の攻撃に対する実力の不発の原因を垣間見た経験など、(かず)(かぞ)えきれないほどだったが、それに対しては冷徹ながらも見て見ぬふりを通してきた。そこに触れた結果、自分にどうこうできるとは思えなかったから。


 でも、それではいけないと、ずっと思い続けてもいた。こんな才能を持った選手を、こんな中途半端なままにすべきではない。切に、そう思い続けていた。どうにかしなくてはいけないと。


 これが、自分のキャプテンとしての最後の役目なのかもしれない。


「お前は、シュートを撃つことに、どうしてそんなに怯えてるんだ?」


 パタパタとうちわ代わりに扇がれていたノートの動きが、止まった。


 遠くでチャイムが鳴り響く。一時限目開始のチャイムだ。どこか騒がしかった校舎内が人気を失ったように静まり返る。その不意に訪れた静寂にこの部室内もたちまちの内に飲み込まれた。壁に掛かった古びた鏡、空になったペットボトル、数週間前に回し読みされた後に放り棄てられたらしい漫画雑誌、埃をかぶった代々受け継がれつつあるエロ本と、その表紙にはりつけられた百合ヶ丘の写真の切り抜き。風高男子バスケットボール部の息吹があちこちに根付いている部室内で、木ノ葉之平は真っ直ぐに飛永大翔を見つめている。


 この部室棟は体育館のすぐ裏手にあって、一時間目、どこかのクラスが体育の授業で使っているのか、その体育館で誰かがボールでフロアを叩く音が聞こえた。音の感じから、バスケットボールではなくバレーボールではないかと思う。バレーボールのそれは不思議と、「ダムダム」とは聞こえない。


「俺が中二のときにこっちに引っ越してきたのは、言いましたよね」

「ああ」


 不意に、大翔は木ノ葉にそう尋ねてきた。どこか諦めたような、やけになったような、それでもどことなく、何か嫌な物から解放されたような顔つきで。


 大翔が、少し笑った。泣き笑いような顔だった。


「俺、それまで、いじめられてたんです」


 その言葉は、木ノ葉にとって、けして予想外のものではなかった。


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