33
*
凄まじい才能だと思う。一体どれほどの練習を積み重ねれば、こんな化け物染みたディフェンスができるのだろうかと木ノ葉は思う。
これでも自分は県下ベスト4のチームを率いるキャプテンで、県選抜のチームにも小学生の頃からほぼ間断なく呼ばれているような選手である。中でもオフェンスには、それなりの自信があるほうだ。ドリブルで相手を揺さぶってからのジャンプシュート。一対一の状況に持ち込みさえすれば、よほどの相手でない限り点を奪うことができる、そんなことを不遜にも本気で思っている。
でも、コイツは、こいつだけは――
別格だ。
もはや人間の動きとは思えない。いや、正確に言えば、化け物染みているのは動きだけではない。大翔は自分の何気ない視線や四肢の動きから、確実に次の動きを予知して動いている。自分が右に踏み込もうとした頃にはすでにそこで大翔は待ち受けていて、シュートを撃とうとしたときにはいつの間にか距離を詰めて来ている。何かを自分が仕掛けようとしたときには、すでに奴は仕掛けてきているのだ。
そして逆にそこをついてやろうとフェイントをかけてみても、大翔は腹立たしいほどに微塵もひっかかりやしない。仮に運よくひっかけてみせたとしても、今度は化け物染みた身体能力で対応するだけである。はっきり言ってこんなもんどうにか出来る気がしない。あの一之瀬迅を追い詰めた男は伊達ではない。
だが、
「ふ、」
自分にもプライドがある。
試合で負けた原因を後輩一人に覆いかぶせてしまうような、そんな情けないキャプテンのままで終わりたくはないと思う。
コート右手側から九十度コーナーに向かって木ノ葉は全力でドリブルを開始した。大翔は当然ながらそれにぴたりと食らいついてくるが、ここまでは想定内だ。そこから木ノ葉はゼロコンマ一秒でドリブルを股の下で切り替えし、一瞬の間を生み出す。大翔がそれに対応しようと距離を詰めてきたところで、木ノ葉は再び自分の右側にボールを叩きつける。その全力の荒っぽいチェンジオブペースで、ほんの、ほんの少しばかりだがあの大翔と距離を――
「く、」
しかし大翔は凄まじい脚力を発揮して、その血の滲むような努力の末に木ノ葉がようやく手に入れた幾ばくの距離をほぼ一瞬でゼロにする。木ノ葉は顔をしかめた。
――これに追いつくのかよ。
それでも木ノ葉はフェイダウェイ気味にジャンプシュートを放った。そのボールは大翔の指先のギリギリ届かない位置を何とか突き抜けた。つまり、ほぼトップスピードに近い形でコーナーへと抉り込み、無理な体勢で撃つことも覚悟で、大翔から距離を取る方へとジャンプしながら苦し紛れに放ったシュートに、大翔はもう少しで手が届くところだったのである。
シュートが入る入らないなどということを度外視した、ただ大翔を振り切って撃つことだけを追求したシュートに、大翔はもう少しで食らいつくところだったのである。
パサ、
「ありゃ?」
なぜかシュートは決まった。
マグレにもほどがある。
が、大翔はそうは思わなかったらしい。
「あんな体勢で撃てるだけでもすごいのに……それを決めちゃうなんて……やっぱり木ノ葉先輩すげぇ……」
なぜか、目をキラキラさせてそんなことを呟いている。
「木ノ葉先輩、もう一回、もう一回今の感じで撃って貰えませんか⁉」
「ん、ああ、いいけど」
木ノ葉は毒気を抜かれた様子でそう答えた。
思わず、頬が緩んでしまいそうになる。
ついさっきまで死んだ魚のような目をしていたというのに、スイッチが入った途端これだ。目を輝かせ、バスケにのめり込む。でも、これでいいのだと思う。つまらない責任など感じずに、こうあってくれればいいのだ。ようやく大翔らしくなってきた。
「じゃ、行くぞ」
「はい!」
木ノ葉は再びドリブルを開始する。
二人とも、もはや着ている服は汗でびっしょりだった。