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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第三章 誇り高き守備特化
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 制服のズボンを膝ほどまで捲り上げ、上はTシャツ姿になった。バスケットシューズは部室に置いてあったのを持ってきてちゃんと履いた。服装に関しては多少動きにくさは感じるが、始まってしまえば恐らく気にならなくなるだろう。しかし着替えは持ってきてないので、できれば汗はかきたくない。とは言っても、木ノ葉との1ON1ではいつも熱くなるので、じきに歯止めなど効かなくなるだろうが。


「じゃ、いつもの特別ルールでな」

「おす」


 特別ルールとは、木ノ葉と大翔が1ON1(二人で攻撃と守備に分かれて行う簡単なバスケ)をする際にいつも用いるルールである。と言っても、その内容な複雑なものではない。


 木ノ葉は常に攻撃。

 大翔は常に守備。それだけだ。


 本来1ON1とは攻撃と守備を入れ替わりで行っていくものだが、大翔があまりにも守備特化なスタイルなので、特別ルールでないと勝負にならないのだ。


 特別ルールというのは、言わばハンデのようなものである。

 勿論そのハンデは、大翔のためのものだ。


 木ノ葉も大翔ほどではないもののディフェンスもそこそこに上手い。多分、風高バスケ部の中では大翔の次に上手い。


「もう始めても平気か?」

「はい」


 簡単に一通りのストレッチを行った後、体を動かしていた大翔に向かって木ノ葉が尋ねた。ある程度体を動かしておいてから始めないと、そもそも勝負にならないし、ちょっとしたことで体を痛めてしまう原因になる。練習や試合を行う前の入念なストレッチやアップは必須事項だ。


「じゃ、行くぜ」

「うす」


 大翔は腰を落としつつ、神経を集中させる。足の裏の親指の下を軸として重心を置き、木ノ葉の動きに合わせてゆっくりとスライドする。


 一方で木ノ葉はどこか様子見でもするように、一定のリズムでゆっくりとドリブルをしながら、時折リングに視線を送り、大翔の挙動に目を凝らす。


「相変わらず隙ねぇな」


 木ノ葉が独り言のように言った。


 ダム、ダム、


 現在体育館にいるのは大翔と木ノ葉の二人だけで、その二人以外に音を生み出す者はいない。時折開け放たれた窓から外の喧騒が風と共に吹き抜けて行くが、そんなものはとうの昔に二人の意識の埒外だ。


 ダム、ダム、


 木ノ葉の股の下を軽快にボールが過ぎる。何てことないドリブルチェンジ。右へ右へと大翔を誘っていたドリブルが、左方向へと移行した。ただそれだけのこと。大翔はただひたすらに木ノ葉の一挙手一投足を網膜に焼き付ける。何百何千回と向き合ってきたこの男の次の動きを、その動きから逐一予測する。それでも深入りはしない。し過ぎると、判断を見誤ったときに取り返しのつかないことになるからだ。


 ダダダ、ダン、


 ドリブルのリズムが一転するとともに木ノ葉の動きが撃たれたように鋭くなるが、それでもディフェンスのスペシャリストである大翔を抜き去るには至らない。大翔の右方に突き出されたはずの木ノ葉の右足の先には、すでに大翔の体が存在した。木ノ葉は慌ててドリブルとともにバックステップする。


 そのまま突っ込んでいたならば、木ノ葉は大翔にぶつかっていただろう。それは木ノ葉のオフェンシブファールになる。つまり、木ノ葉側の反則になるわけである。そしてさらに――


 ダム、ダム、


 バスケの攻撃側には時間制限が存在する。つまり、このまま木ノ葉が大翔を抜けないままでいることは、実質大翔の勝ちだ。守備側に求められる基本的なスタンスは、「ボールを奪う」よりもまず「抜かせない」ことだ。


 そしてそのことに対して大翔は誰よりも忠実だ。だからこそ、無理にボールを取りに行ったりはしない。痺れを切らして飛び出すのは、何よりも愚かだ。ここぞ、と言う時にこそ、その「獲りに行く」動作はちゃんとした意味を持つ。


 ダム、ダ


 ――あ、


 木ノ葉のボールをつく右手がドリブルチェンジのために翻るのをどこか本能的な部分で感知した数瞬後、大翔は蛙に飛びつく蛇のように右半身を突き出した。


 疾風のように突き込まれた大翔の右の手の指先が、木ノ葉のボールを明後日の方向へと弾く。

 ボールはコートを飛び出して、壁にぶつかって止まった。それを木ノ葉は呆気にとられた様子で眺めていた。


「……マジかよ」


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