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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第三章 誇り高き守備特化
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 恵の持ってきてくれた制服に着替えて、大翔は自転車を走らせて学校へと向かった。昨日雨が降ったからか、道路は湿っていて、所々のくぼんだ場所には水たまりができている。


 途中でコンビニに寄り、あんぱんとおにぎりとお茶を買い、腹ごしらえをしてからしばらく漫画雑誌を立ち読みした。お気に入りの三作くらいを読み終わったころ、下腹に異変が来る。コンビニでトイレを済ませ、後に時計を確認するとまだ午前七時だった。始業時刻にはまだ時間があるけれど、もういいかと思った。たまには早めに登校するのもいいだろう。何なら一年ぶりに授業の予習をしてもいい。


 コンビニから風見鶏高校へは三分もかからなかった。駐輪場に自転車を置く。停まっているその数は少ない。朝練のある日には、部室の近くの適当な場所にいったん置いてとりあえず練習を始めてしまうし、朝練のない日には遅刻ぎりぎりに登校するのが常なので、こんな風にがらんどうな駐輪場に悠々と駐輪するのは、久しぶりだ。いつもはやけくそ気味に詰め込まれた自転車の隙間を縫って、どうにかこうにか整理線内に留めるというのが大翔の毎朝の日課である。


 雫の病室にあらかたの教科書を一時保管させて貰うことで大分軽くなった鞄を肩にかけ、大翔は教室のある東校舎へと向かう。


 どこかの部活が朝練中なのか、グラウンドから元気な掛け声が聞こえた。それが耳に心地よい。そんな協和音的な流れる風に紛れて、


 ダム、ダム、


 バスケットボールが体育館の床を叩くこの独特の音を「ダムダム」と初めて表現したのは一体誰なのだろう。その人は、正直天才だと思う。いったんその擬音表現の存在を知ってしまうと、このバスケのドリブル音はもはやそうとしか聞こえない。


 ――誰だろう。


 そのダムダムというドリブル音が聞こえたのは、当然ながら体育館の方だった。体育館があるのは東校舎のすぐ隣。大翔は、気が付けばそちらへと足先を向けていた。


 今日は――というか今週いっぱいは――バスケ部は男女とも、朝練も放課後練も休みのはずである。三日前の総体予選の敗退によって三年生は引退。そして来週から一、二年による新チームが始動するわけだが、今はそれへの気持ちの切り替え期のようなものだった。この一週間で心の整理をつけ、再び風高バスケ部は動き出す。


 体育館の傍まで来ると、その音はよりクリアになる。さきほどのドリブル音に交じって、ボールがバスケットリングを、ボードを叩く音も聞こえる。だがその音の散発具合を鑑みるに、体育館内にいるのは一人のようだった。誰かが個人練習をしているらしい。


 三年生はもう引退だし、いるのは一、二年の誰かだろう。となれば自ずとその誰かは限られてくる。


 男バスの二年生は大翔を除いて三人、一年生も三人、その中の誰か。いや、もしかしたら女子バスケ部員の可能性もある。その中で個人練習をするくらいバスケに熱い人物。ふと、新谷加寿美の顔が頭に浮かんだ。長内修もバスケに熱いけれど、朝に格別弱い。普段の朝練さえも遅刻してくるような奴だ。


 ――うーん、誰だ?


 やはりどうしても気になる。

 大翔はとうとう体育館の入口までやってきた。三階建てで、一階には武道場、更衣室、トイレやら倉庫やらがあり、二階三階が吹き抜けの体育館のフロアになっている。


 大翔は階段を昇った。

 果たして、その人物を見た。


「……どうして」


 そこにいたのは木ノ葉だった。

 男子としては少し長めの髪を揺らし、ボールを操り、先ほどから幾本ものロングシュートを鎮めている。


 その後ろ姿は紛いようもない、一年以上追いかけて来た背中だった。踊るようなリズムの足さばきに、ドリブル音が重なる。ひとたびトップスピードに乗ったかと思うと、突然体を反転させつつ、得意のストップジャンプシュート。


 その一連の動作は荒々しく、しかしだからこそ力強く、それでいてその放たれるシュートは一本も外れることはない。決まる、決まる。また決まった。外れる気配がない。外される気がしない。その背中は信頼を体現したものだった。


 凄まじい才能だと思うし、それに負けない努力の積み重ねをその動きの各所に感じる。木ノ葉は一体何万本のシュート練習の末、この技術を手に入れることができたのだろう。いったい自分はどれだけ練習すれば、その背中に追いつくことができるのだろう。


「あれ、飛永?」

「げ!」

「……げってなんだよ、げって」


 しばらく呆けたように見とれていたところ、木ノ葉に見つかってしまった。そこで気づく。今は木ノ葉とまともに話せる気がしない。どんな顔で対応すればいいのかわからない。


「いたなら声かけてくれりゃいいのに」


 木ノ葉は脇にボールを抱え、なんとこちらへと歩いてきた。逃げ出したいと思ったが、さすがにそれはできない。今朝もう逃げないと誓ったばかりなのだ。それでもろくに視線を合わすこともできないまま、


「な、何してたんですか?」

「見ればわかんだろ。バスケだよ」


 ――いや、そりゃそうなんですけども。


 大翔は続ける。


「――どうして」


 木ノ葉はもう三年生だ。そして高校生に与えられる部活動の活動期間は、多少バラつきがあるもののそれでも一貫しているのは、そこに限りが存在していることだ。


 そして木ノ葉は終わった。進学校である風見鶏高校での部活終了は、基本的に三年生時の総体の終わりのときだ。


「ちょっとやって行かないか」

「え?」


 大翔の問いには答えず、木ノ葉は悪戯っぽく笑って、そう言った。


「1ON1。俺、お前とやる1ON1が一番楽しいんだ」


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