表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二章 心の天気
26/119

25

『……飛永?』


 ずっと押し黙っていたからか、木ノ葉は気遣わしげな言葉を投げかけてきた。

 大翔の持っていた携帯にみしりと力が籠る。


「どう考えても、俺のせいでしょう?」


 そう零した言葉の返答には、これまでで最大の間があった。木ノ葉が必死に言葉を選んでいることを、その無言が語っている。


 そして、やがて。


『…………かもしれない。でも、お前一人のせいじゃない』

「違います。俺がアイツを止められなかったせいで、負けたんです」


 言いつつ、ある一人の選手の言葉が脳裏を駆け巡る。

 

 ――今日俺は試合出れねぇけど、安心しろ。

 ――代わりの新戦力、用意しといたから。


 大翔の言う「アイツ」が誰なのか、木ノ葉はすぐに理解したらしい。

 電話の向こうの木ノ葉が口を開く。


『アイツが出てくることは誰にも予想できなかっただろ。お前はちゃんと宣言通り、アイツが出てくるまでの間、光武の方は無失点に抑えてた』

「そんなことに何の意味もないです。俺の仕事は、一番点を取る奴を抑えることです」

『それを言うなら、お前はアイツをちゃんと抑えて――』

「あんなんじゃ、ダメですよ。俺にあるのは、本当にディフェンスだけなんですよ?」


 自分のディフェンスが十分に機能しなかった中で、それでも、仮にオフェンスではしっかりと貢献し、何か他の形でチームメイトの力になれていたというのなら、木ノ葉の言う通り、さして問題はなかったのだろう。


 でも、実際には、まるで違ったのだ。

 得点は速攻で決めたたったの四点だけ。リバウンドは一回たまたま自分の目の前に転がってきたのを拾っただけ。四十分フル出場して、戦績はたったのこれだけだ。


 それに加えて肝心のディフェンスはまるで不調。自分はアイツに二十点以上取られた。誰のせいだとか論じるまでもないのだ。


『あれは、アイツが凄すぎたんだ。あんなもんを完全に止めてみせろって言う方が酷だろ。お前以外の誰かがじゃ、二十点どころじゃ済まなかった。監督が途中でお前を他の奴と交代させなかったのも、それがわかっていたからだ』

「……アイツは、止められましたよ」

『え?』


 大翔は深く息を吐く。

 木ノ葉はその言葉の意味を推し量り切れなかったのか、曖昧な返しのまま大翔の言葉の続きを待っていた。大翔は大きく吐いた分、深く深く息を吸い、


「確かにアイツは凄かったけど、一之瀬先輩ほどじゃなかった。止められなかった俺がこんなこと言っても説得力の欠片もないでしょうけど、アイツは決して止められないレベルの選手じゃなかった」


 雑賀東高校の絶対エース、一之瀬迅。


 その代わりとして出てきた「アイツ」。

 一之瀬迅の弟――一之瀬颯。


 颯は確かに類い稀なる才能の持ち主だった。しかし一年生であるためか、チームメイトとの連携、ここぞと言う時の粘り強さ、そんなものを始めとした、それでもありとあらゆる部分で兄の迅に劣っていた。

 颯は決して大翔に抑えられない選手ではなかった。


 でも結果として、大翔は抑えられなかった。

 その理由を告げることには、凄まじい抵抗がある。でも今の自分はあらゆるタガが外れてしまっていた。


「俺は、あの瞬間、頭が真っ白になったんです」


 木ノ葉の優しい反論を、論破したくなった。

 その結果、誰が幸せになるわけでもないのに。


『あの瞬間?』

「はい」


 口が勝手に動いていた。


「雫が倒れて、救急車に運ばれているのを見た瞬間、それまで高まっていた熱が、一気に失せちゃって――試合に集中できなくて、雫のことばっか気になって。ディフェンスもろくにできなくなっちゃって」


 思いの一つ一つを言葉にしていくにつれ、のどの奥のつかえが少しずつ取れて行っている気がする。自分の肩にのしかかっていた責任を、あの少女に押し付けることで、自分だけが楽になろうとしていることにも気づかない。


「いつもどうやってディフェンスしてたのかさえ、全然わからなくなったんです。情けないですよね」

『……誰にだって調子の悪いときはある』


 それは、今までの言葉に比べればいくらか真実に近い言葉だった。

 でもだからなんだと言うのだろう。大切な試合で、ここぞと言う時に力を発揮して見せるのも実力の内だろう。それが、他の選手を差し置いて、試合に出場しているスタメンの義務だろう。


 そしてどう考えても、自分がその義務を果たしたとは思えなかった。雫のあんな状態にも動じることなく、ちゃんと力を発揮してみせる、その心の強さが自分にはなかったのだ。

 

 ガシャ。

 

 背後で物音。

 距離はわりと近い。

 大翔は何気なく後ろを振り返る。


 続いたのは、自分の持っていた携帯が床に落下した音。


「……な」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ