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イメージトレーニングというものは中々どうしてバカにできない。
それを知る飛永大翔は、バスケの試合の前日にはそれを欠かさないようにしている。特に守備的に大事な役目を任されることの多い大翔は、相手チームの上手い選手を頭の中で様々な状況下で動かし、対処法までも模索する。それが実際の試合で役に立つことも多く、切迫した状況での一瞬の判断を助けてくれる。
「おい大翔、まだ寝てんのか。もう着くぜ」
隣に座っていた同級生の長内修が、大翔の肩を揺すりながら呆れたような口調でそう言った。その声に気づいて薄らと目を開けてみると、合計三つの悪戯っぽい目が自分のことを凝視していた。
一瞬の間のあと、大翔は慌てて首を振り、
「いや寝てないってば。イメトレだよイメトレ」
「その言い訳使うんだったら、まずいびきをどうにかしねぇとな」
うっ、と大翔が怯んだところで、今度は長内父を追加した四つの笑い声が弾けた。
イメトレを日課としている大翔だが、正直に白状してしまえば今は確かに寝ていた。昨日の夜中々寝付けなくて、少し寝不足気味なのだ。
大翔は不貞腐れた顔で重い瞼をごしごしと擦りつつ、クセのついた髪を手櫛で雑に整え、そこから両腕を広げて大きく伸びをしたところ、
がつん、
「痛っ」両手が堅い感触を捉えた。
考えて見れば、当然だった。
今大翔たちがいるのは、長内父の運転する二列シートの車の中だ。大翔はその後列の真ん中の席にいた。
そしてそこからまっすぐにフロントガラスの向こう側に目をやると、ドームのようなのっそりとした大きな建物が見えてくる。そこが今この車の向かっている場所であり、本日大翔たちの試合がある、バスケの高校総体の徳島県大会が行われる試合会場である。
それを見た途端、微睡の中にあった大翔も眠気を吹き飛ばし、鼓動がにわかに高まって来るのを感じた。
「はぁーっ、緊張するなぁ」
大翔が心臓の辺りに手を添えつつ、そう呟くと、
「まあそうだろうな、俺らはそうでもないけど」
「え?」
「だって俺たちが試合出るわけねぇだろ」
隣にいた修が頭の後ろで手を組みながら、のんきそうに告げた。するとそれに続いて、
「俺に至ってはベンチにすら入ってないし」
「ぶっちゃけ二年の中じゃ今日出るの大翔くらいだろうな。ここまで来たらもう手は抜けないし。三決があったら修は出るかも」
他の二人がどこかからかうように言う。すると修は本気で嫌そうに、
「えー、俺はもういいわ。今日観客一杯いるだろうし、試合に出して貰っても恥かくだけだって」
「おい修、ベンチに座らせてもらってんだから、そんなこと言うな!」
我が子の情けない言葉を目ざとく聞きつけ、運転席に座る長内父が反論した。すると修は不貞腐れた顔で、
「万年ボール拾いだった父ちゃんにはわからねぇの」
「なんだと⁉」
「ちょ、父ちゃん。運転中に振りかえんなよ! ちゃんと前見てろ!」
そんな具合に長内親子のケンカでやんややんやの大騒ぎになってきたところで、車は会場の駐車場へと乗り入った。