18
図書室を出た大翔は、東校舎のすぐそばにある駐輪場へとやってきた。
雨はまだ降り続いている。
登校時に使用した雨合羽はまだびしょびしょで乾いてなかったが、学生服を雨水に晒すわけにもいかないので、それを上から羽織った。そして自転車に跨る。所々に錆の見えるそのボロ自転車は、ペダルを踏み込むときーこきーこと耳障りな音を響かせた。
そして小雨降り注ぐ雨空の元に躍り出る。頭にかぶった雨合羽のフードにパチパチと音を立てる雨粒たちは、漕ぎ始めて一分ほどで気にならなくなった。
雨は昔から嫌いだった。
今は嫌いじゃない気もしたがやっぱり勘違いだった。
嫌な思い出の節々には、必ずと言っていいくらいの頻度で奴らは身を潜めている気がする。雨の降るときには高確率で何か嫌なことが起こり、何か嫌なことが起こったときには気が付けば雨がしとしとと降っている。自分は究極の雨男なのかもしれない。的中率90%越えの心の天気予報。
しばらく、この雨は止みそうになかった。
二十分ほど自転車を走らせて、大翔はある一軒家の前でその自転車を止めた。
田んぼに囲まれた一帯に忽然と建っているそれは、天野家の住宅。
そして、今自分が住まわせてもらっている家。大翔は従妹である天野雫の家に居候させて貰っているのだ。その門の下を自転車を押しながら潜り抜ける。
天野宅の敷地は広く、二階建ての和風な平べったい家だ。庭には風流な松が雲のようにもこもこと広がり、そのたもとには池がある。そこには雫の飼っているメダカやフナやタナゴがたくさんいる。彼らの天敵たる猫やイタチの侵入を防ぐ網の向こう側は、雫のテリトリーだ。許可なき立ち入りは禁じられている。――が、雫が怒っても微塵も怖くないので、誰もが平気で領地侵入する。
軒下に自転車を止め、大翔は脱いだ合羽を物干しざおにひっかけた。そして玄関の方へと歩みを進める。そんな折、
「あ、ひろくんお帰り」
「あ、ただいまです」
自分が手をかけるまでもなく玄関のドアが開いた。そこに立っていたのは雫の母、恵さんだ。普段は小学校の先生をしている。
「ちょうど良かった。ねぇ、ごめん。私これから用事があって。悪いんだけど雫んところに着替え持っていてあげてくれない?」
「あ、ああ……いいですよ」
正直気の進まないところではあったが、断るに足る理由はなかった。
大翔がそう返すと、恵は手を合わせてにっこり笑い、
「ほんと? ごめんね~。雫の服の置き場所わかるよね? 適当に見繕って二日分くらい持ってってあげて」
「え⁉ 俺が選ぶんですか⁉」
「うん。別に見た目は気にしなくていいから、機動性重視で。じゃあお願いね~」
そのままパタパタと慌ただしく駆けて行き、恵は敷地内に止めてあった車へと乗り込む――その直前。
「私、今日遅くなるから、お夕飯はパパと先に食べててね~」
そんな暢気な言葉を残して、恵は車に乗り込み、出発した。
家にあがって、まずは自分の部屋に向かった。二階の角部屋が大翔の部屋としてあてがわれている。
部屋の中は特に飾り気もなく、殺風景なものだった。しいていうなら本棚に詰め込まれている本の冊数が、並の高校生より遥かに多いと言うところぐらいが特徴か。
そして大翔は鞄を机の脇に置き、プラスチックの引き出しを引いて、適当に替えを引っ張り出して制服から私服に着替えた。
さて。