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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二章 心の天気
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 そして放課後。

 昨日に続いて今日も部活動は休みだ。本当ならそのまま家へと帰るところだが、ちょっと図書室に寄ってみることにした。


 先ほど取ったノートを雫に渡してもらえるように加寿美に託し、教室を出る。そして廊下をいくらか進むと、左手に連絡橋が現れた。今いる東校舎と平行して建てられている西校舎へと続く連絡橋だ。そこを下校する生徒の人波に続いて西校舎に到達すると、すぐそこに図書室がある。


 その図書室は、放課後、午後六時頃まで解放されているらしい。本を読むのはわりと好きなので、図書室にはよく立ち寄るが、最近はご無沙汰だった。大会直前は練習がきつく、本を読むゆとりがないのだ。

 扉を開く。


 当然ながら中は静かだった。でも無人というわけではなく、整然と並べられている机のそこここにちらほらと人影はある。

 誰もいないというのも居心地が悪いのでちょうどよかった。そこから本棚の乱立するコーナーへと足先を向ける。


 と、

 そこで足を止めた。

 視界の隅に捉えたのは、デスクトップパソコンだ。図書室の隅に横並びに置かれていた二台のそれ。図書委員に一言言えば使わせてもらえるはずだった。


 ――パソコンで調べた方が早いか。


 貸し出し口の傍に腰を下ろしていた図書委員に断りを入れ、パソコンの前に向かった。

 電源を入れ、立ち上がった最初の画面で生徒番号を入力する。そして検索エンジン起動。そこへ打ち込むのは、

『WPW症候群』 

 雫を昏倒させた病名はそういうらしい。いくらか調べたところで大まかにどんなものか掴めた。


 簡単に言えば不整脈の一種である。

 普通の正常な人間は、心臓にある(どう)結節(けっせつ)から送り出される電気信号のルートは、心室を経て心房へと続く一つに限られるのだが、何百人に一人の割合でこれにバイパス、つまり別のルートを先天的あるいは後天的に持つ者がいる。


 このバイパスが存在すると、電気信号がそのバイパスを通じて空回りし、鼓動が異常に速まったり、血が十分に送り出されなくなったりし、ひどいときには死に至る恐れもある病気である。


 だがそのバイパスが存在する場合でも、大半の人はこれと言った症状も現れずに済む。そしてその場合は特に治療をする必要もなく、経過観察となるのが通例だ。


 その上そもそもとして自覚症状として現れにくいので、自らの心臓にその欠陥があることに気づきさえしないことも多い。


 ところがだ。

 実際に、今回の雫のように症状として現れてしまった場合、そのバイパス自体を焼切る治療を施すことになる。足の付け根から通したカテーテルを用いて行う根治療法。


 それを行えば、今回のような症状は一切出なくなる。

 手術の成功率も、先ほど言ったように極めて高い。


 そこまで調べて、大翔はふぅーと息をついた。心配ないと雫の母親から聞かされてはいたが、正直気が気ではなかった。こういう風に調べるのにも、実は結構勇気が必要だった。もっととんでもない病気だったら本当にどうしようかと――。


「あれ、ひろっち?」


 心臓が止まるかと思った。

 その声は鼓膜など軽く通り越して、直接脳を叩くようなとんでもない貫通力を持っていた。


 画面から視線を少しずつ離し、大翔は声のした方を振り返る。


「百合ヶ丘、先輩」

「やあ、こんなとこで何してるの?」


 後ろで笑顔を浮かべていたのはバスケ部の先輩、百合ヶ丘だった。身長百九十センチ近い体格と、それに似あわぬ柔らかな物腰としゃべり口が印象的な人。うちのバスケ部の先輩は大らかで優しい人たちばかりで、その中でも百合ヶ丘は特に後輩思いの親しみやすい先輩だが、


 今大翔は、その人の顔を直視することができない。

 パソコンの画面と百合ヶ丘の顔、その間の微妙な位置に視線を泳がせつつ、


「ちょっと、調べ物を」

「調べものって……これ?」

「はい」


 百合ヶ丘が画面の方を見ながら何の気なしに尋ねる。「だぶりゅ、ぴぃー、だぶりゅ?」


「しず……天野がこの病気らしくて」

「ああ、試合中に倒れた? あの子大丈夫なの?」

「はい。今度手術しなきゃならないんですけど、成功率はかなり高いらしいですから」

「そっか。よかったね」


 百合ヶ丘は無垢な笑みを浮かべる。

 しかしその表情を見ても、大翔は顔をこわばらせたままだった。その笑顔の裏には、自分に対する憤怒の念が隠れているんじゃないだろうか。そう思うと素直に微笑みを返すこともできない。


「百合ヶ丘先輩は、どうしてここに?」

「え、僕?」


 かろうじて口から零れた問いを、百合ヶ丘は聞き拾い、


「ちょっと勉強して行こうと思ってね。こう見えても受験生ですから」


 風見鶏高校は進学校だ。毎年卒業生の大半は大学へと進学する。

 そして今目の前にいる百合ヶ丘も成績は良い方で、恐らく名のある大学への進学を目指しているのだろう。


 そうなのだ。先輩たちは受験生なのだ。そして彼らは恐らく二日前を境にそちら方向へと気持ちをシフトさせたのだ。

 部活動から、受験勉強へ。


 いったいそれは誰のせいだ?


「そう、ですか。じゃあ邪魔しちゃ悪いですね。俺もう帰ります」

「あ、そう?」

「はい、勉強頑張ってくださいね」


 大翔はパソコンの電源を落とし、学生鞄を肩にかけて立ち上がる。

 そして、


「百合ヶ丘、先輩」

「ん?」


 大翔は逡巡するように、体をぎこちなく百合ヶ丘の方へと向け、


「本当に―――――――すみませんでした」


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