16
五時間目の授業は数学で、大翔には退屈な時間だった。
いや、別に自分にはレベルが低すぎてつまんないとかそんなかっこいい理由ではなく、あまりにも分からな過ぎて聞く気にもなれないのだ。それになんとなく気分的にも億劫で――
ポン、ポン、
さっきから何かおかしいと思っていたが、気のせいではなかったらしい。後ろから自分の頭に向かって、何かを投げつけられていた。大翔は後ろを振り返る。
加寿美だった。
斜め右後ろの最後列席。彼女は机の上で消しゴムを鬼気迫る表情でこすり付け、次なる球を生成していた。
大翔はちらっと、教卓に立つ先生――水戸部が、黒板の方を向いているのを確かめてから、
(おい、なんだよ)
小さく声をかけてみる。
すると加寿美は顔をあげた。向こうもひそひそ声で言葉を返してくる。
(あんたノート取ってよ。私もう疲れたから)
(……言ってる意味がわからねぇんだけど)
(雫のためよ! 今入院中であの子ノートとれないでしょ?)
そういや、加寿美も普段はノート取らないんだったっけ。そんなことを頭の片隅で思い返しながら、
(だったらお前がとってやれよ)
言いながら、加寿美の眼が心なしかとろんとしていることに気づく。
――もしかしてこいつ……。
(だからもう限界なの。睡魔神が目の前まで来てるの。あとは……頼……)
その言葉を最後に、加寿美は糸が切れたように机に突っ伏した。あの水戸部を前に居眠りとは、本当に限界らしい。
大翔はあきれ顔でそれを眺めながらも、これまでにないくらい丁寧にノートに板書し始めた。雫のためなら眠気もふっとぶ。
雫は現在とある総合病院で入院している。
二日前の、徳島県予選の準決勝が行われたあの日、雫は試合中に突然心臓発作を起こして意識を失った。それから直ちに駆けつけた救急車で搬送され、その先で無事に意識を取り戻した。
だがそれは、本当に生命に関わる状態だったらしい。
一応それ以降は体は落ち着いていて、病室でも元気にしてはいるのだが、近いうちに手術を行う予定となっている。こういう形にはっきりと症状として現れた以上は、すぐにでも手術を施して、今回の悲劇の元凶足るものを取り除かなければならないのだそうだ。
ちなみにその手術の成功率は99%。
よほどのことがなければ失敗のない手術。
でも大翔は心配だった。それも当然である。成功率が100%足り得ない所以は、合併症が併発する恐れがあるからだ。そして人の手で手術を行う以上、ミスも起こり得るだろう。
でも怖いと思うのは、そのことを本当の意味で理解していないからかもしれなかった。幽霊しかり、謎の病原菌しかり。漠然とした、不確かな物と言うものは総じて怖い。雫を襲ったその病気は一体どんなものなのだろう。少し調べてみようか。
大翔は何となしにそう決めた。
確か、雫の病名は――