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「よし、いったん集合しよう」
そのタイミングで木ノ葉が言った。すると皆一様に不思議そうな顔をする。木ノ葉がこういう風に自主的にメンバーを集めるのは珍しい。
「急にどうした?」
三年生で風見鶏のスタメン、そして副キャプテンである三宅が尋ねた。小学生の頃から木ノ葉と付き合いがあるらしい三宅にも、その意図が掴めなかったらしい。
「まあ、その、こんな時くらいはキャプテンらしいこと、やっとこうと思ってな」
不敵に笑って木ノ葉がそう言う。
「似合わねー」
「うるせぇよ」
三宅のからかいに、木ノ葉はどこか恥ずかしそうに顔を歪ませた。でもそんな風にからかう三宅もどこか嬉しそうな顔をしている。
そして、ベンチ入りメンバー全十五名が丸い形に集まった。それを木ノ葉は一折見回し、
「全国に行けるかどうか。それは次の試合で大きく決まる。決勝で当たるだろう月高も早高も強敵だけど、雑高を倒したらその勢いでそのまま優勝まで行けると思う。……いや、絶対にいける」
真剣な表情で語る木ノ葉。それにみんなも力強くうなずく。全国への切符を手にできるのは、今大会の優勝校ただ一校だけだ。
木ノ葉は続ける。
「それにこう言っちゃなんだけど、一之瀬が怪我で出れないってのもデカい。アイツがいたら飛永を完全消耗させちゃうけど、今回は光武に当てられる。飛永なら光武を完全に抑えられるだろうし、そうすれば俺たちは攻めに専念できる」
今回雑賀東のエースである一之瀬が試合に出てこないということで、代わりに大翔が任されたマッチアップの相手は二番手エースの光武だった。突破力やボールハンドリングは一之瀬ほどではないが、シュートの決定力は数段上手。ノーマークで打たせたらまず外さない。
でも、
「はい。絶対抑えます。少なくとも得点は一桁に」
大翔は迷いなく言って見せた。
強がりでも、チームのモチベーション維持のための優しい嘘でもない、確固とした決意表明。
正直他はダメだと思う。ろくに攻撃参加もできないだろうし、身長172センチでジャンプ力もそこそこの自分に、そんなポンポンとリバウンド(シュートが外された後のボールを取ること)がとれるとも思えない。雑賀東は徳島では随一の高身長揃いのチームだし、風見鶏のスタメンの中でも自分は的場の次に小さい。
でもディフェンスだけは自信がある。
前回大会の試合では、一之瀬に最終的にはしてやられたが、それこそあれは序盤で張り切り過ぎたのだ。ペースを整えて配分すれば、光武なら、得点も一桁台に抑えられると思う。いや絶対抑えられる。それだけの努力もしてきたし、自分は何としてでもその役割を果たさなくてはならない。
「よく言った」
木ノ葉がガシガシと大翔の頭を雑に撫でた。
「光武はこの間の俺たちとの試合で三十点以上点をとった。それを一桁におさえてくれるってんだ。そして一之瀬は今回いない。俺たちが勝てないわけがないよな?」
ニッと木ノ葉は不敵に笑う。
言ったことはないが、大翔はこの人のこの顔が好きだった。自信に満ち溢れているときにだけ出す、この悪戯っぽい笑顔。
「俺と三宅と百合ヶ丘で点を取る。的場はゲームコントロール頼む。飛永はディフェンス頑張れ。他はいい。そっちは期待してないから」
「お、おっす」
「他のみんなもいつでも出られるように心の準備頼むな。消耗戦になるだろうし、決勝のことを考えて、花都先生もできるだけ選手を交代させていくと思う」
「おう」「任せ」「大翔、いつでも潰れていいぞ」「や、最後まで頑張ります」
冗談もそこそこに、皆は顔を見合わせた。
「じゃあ、長内、いつもの頼む」
「押忍」
木ノ葉に言われ、修は勇ましく腕まくりしながら皆の輪の中心へと歩いて行く。そんな中周りの者たちは一様に口を閉ざした。
すぐ傍にある未だ興奮冷めやらぬ会場からは、時折盛大な歓声の嵐が疾風のように飛んでくるが、それがより一層この場の不意に訪れた静けさを浮き上がらせている。隣にいるチームメイトの鼓動の音が聞こえ、息遣いが聞こえ、胸の内に渦巻く決戦を前にした猛々しい戦意が伝心する。
そして。
長内修が、その熱意を一束にまとめ上げる。
「我らがシンボル! 風見鶏の向く先はっ! 常に勝利の風の吹く方だあああっ! 行くぞ―っ! 風高、ファイっ!」
「「おおおおおおおおおおおっ!」」
大翔は高鳴る鼓動を抑えられなかった。
こんな状況で熱くなるなと言う方が無茶だと思う。
全身の血が猛り狂う。喉が枯れるまで叫んで、とにかくめちゃくちゃに走り出してやりたい。
今の自分なら瓦の十枚や二十枚素手で叩き割れると思う。
忍者のように水面を爆走できるんじゃないかと思う。
ヤンキーの百人や二百人病院送りにできると思う。
雫に貰ったパワーの比ではない。一度や二度叫んだくらいではもう抑え込みようがない。
自分がこのスポーツを選んで本当に良かったと思う。
このチームに出会えて、本当に幸せだと思う。
このチームメイトのためならどんなことでも頑張れると思う。
このチームメイトと一緒なら、どんな困難にぶつかってもへっちゃらなんじゃないかと思う。
「絶っ対っ勝つぞ―っ!」
「「うるあああああああああっ!」」
そして、この場に立つ全員が、自分と同じ気持ちなんだと思う。
「よし、行こう」
木ノ葉がそう言ったのを皮切りに、全十五名の戦士たちは戦場へと歩き出した。それぞれ超然とした佇まいで、怖いものなど何もないという力強い表情で。
そこへ。
「先輩っ! 大変です!」
そんなところに声をかけにきたのは、風見鶏高校の一年生だった。
彼はかなり血相を変えて、全力で叫びながら、自分たちの方へとやってきた。
それぞれ足を止めていく。
意気揚々と歩いているのを阻害されて、大翔は少しだけ熱が冷めた気がした。
「どうした」と木ノ葉。
その一年生部員はどうにかこうにか言葉を紡ぎだそうとするが、乱れた呼吸を整えるのに精いっぱいと言う様子だった。
だがやがて、
掠れた声で、
「二年生の……天野さんが……」
大翔は誰よりも早く会場に乗り込んだ。
人だかりの中を突き飛ばすように駆け抜けて、息を切らして唾を呑んで、心臓を吐き散らさんばかりに躍らせて、そんな中一度だけ玄関前で転んで、擦りむいて血を噴き出したひざ小僧には一切として目もくれず、バスケットシューズに履き替えなければならないという概念など当然頭に残ってなくて、土足のまま全力で会場内を駆け回って、
立ち尽くした。
「……雫?」
どこか遠くからサイレンの音が響いてくる。
担架の上でぐったりとしている天野雫の姿。
あんなにも熱かった体が、途端に熱を失っていく。
大翔は静かに膝を折って、崩れ落ちた。
「―――――――――――雫」
その時の自分に、我を失わずに済む術はなかったように思う。