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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第一章 風は吹けども
12/119

11

 いよいよだ、と大翔は思う。


 どこか血が冷たくなるの感じると同時に、心の奥底では火種がくすぶっていた。左胸で唸りをあげる心臓は加減を知らないが、これも試合が始まってしまうまでの辛抱だ。


 緊張が一番張りつめるのは、試合が始まる直前まで。そこから上手く試合に没入することが出来れば、知らない間に緊張は消え失せてくれる。というかそんなことを感じている余裕がなくなる。

 そんな中、


「あ」


 コートからたった今出てきた大翔は、会場周りの向こう側に、首にタオルを巻いた天野雫の姿を見つけた。


 ――どうしたんだろう。


 もう間もなく後半開始だ。それまでにはコートに戻っておかないとまずかろうに。雫に限って時間のことを忘れているわけはないだろうが、それでも少し気になった。


 ――これは、まあ。その、あれだ。


 大翔は少し周りを窺いつつ、雫の方へと歩いて行く。

 これはけして大切な試合を前にしているにもかかわらず、色恋を楽しもうとしているとかそんな不埒なものでは一切なく、純粋に心配する気持ちがあってのことだ。別に試合前に一目でいいからあの可憐な笑顔を見ておきたいからだとか、あの漱ぐような心地よさのある声を聞いておきたいからだとかではけして!


「しず……く?」


 かけようとした声が、途中で掠れてしまった。

 雫は左手を壁につき、右手で自分の左胸を苦しそうに押さえていた。


「……雫?」


 もう一度声をかけると、ようやく雫は顔をこちらに向けた。

 後ろ手にゴムで結ばれた二つの髪のまとまりが、その拍子にふわりと揺れる。額に滲む大量の汗が音もなく弾けた。


「あ、ひろちゃん」

「どうか、したのか」

「あ、ううん。なんでもないよ」


 それから雫はようやく思い出したように、太陽のような晴れやかな笑顔を咲かせる。


 ――でも、なんか、違うような?


 大翔は何となくそう思った。

 いつもはキュッと胸を締め付けてくるはずの雫の笑顔を見ても、たった今湧き上がってくるのは別の色を持つ焦燥だった。いつもはほろ苦くもどこか心地よいはずの雫との会話に、どことなく得体の知れぬ漠然とした怖気を感じる。


 ――なんだ、なんだ、この感じ、


「もうすぐハーフタイム終わるけど、戻った方がいいんじゃ?」


 気が付けばそんなことを自覚も無しに言っていた。すると雫は首に巻いていたタオルで汗を拭いながら、


「あ、うん。そうだね、ありがと」

「や、別に……それより試合頑張れよ」

「へへ、うん、がんばるよ。ひろちゃんも頑張ってね」

「あ、うん」


 どことなくぎこちない会話。自分が雫に面と向かって上手く話せないのはいつものことだけれど、その一端を彼女の言葉にも感じるのは気のせいだろうか。


 じゃあ、と雫はこちらに手を振りつつ、コートの方へと駆け出そうとする。そんな折、


「あ、そうだひろちゃん!」雫は何かを思い立ったように声を荒げ、こちらへと駆け戻ってきた。「ごめん、実はひろちゃんに貰ったリストバンドがああっ!」


「ちょっ! バ、近い近い近い!」


 心臓が止まるかと思った。

 今にも泣き出しそうな顔で詰め寄ってくる雫の顔が、息がかかるほどに肉薄していた。それは当然ながら全然嫌ではないし、むしろ言い知れないほどの至福に包まれた瞬間だったが、なけなしの理性を総動員して、大翔はすぐさま距離をとった。

 その先で雫は顔の前で両手を合わせ、


「ホントにごめん! 弁償するから!」

「いや、弁償言われても、お前にあげた奴だし」大翔は曖昧に笑って、そう返す。「先輩に聞いたよ。狸だろ。お前が悪いんじゃないんだし。気にすんなって」


 そう言うが、「で、でも」と雫は渋るばかりである。大翔は少しばかり語気を強め、


「いいから早く行けって。試合に集中しろ。そんなこと気にされて、お前の調子が狂う方が俺は嫌だ」

「あ、うん、そっか。わかった!」

「必ず勝ってこい。そしたら許してやる。また新しいの買ってやる」

「え、や、それはさすがに申し訳ないというか――」

「ああもういいから早く行けって! 続きは後でいくらでも聞くから!」


 いい加減気がせき立ってきた大翔は雫の肩を掴んで反転させ、コートの方に向かって彼女の背中をポンと押した。しかし、


「ああ、ちょっと待って!」

「まだ何かあんのっ⁉」

「三秒、三秒だけ!」


 そう言って雫は突然、両の手それぞれで大翔の右手と左手を掴んだ。

不意の意図知れぬ行動に体をこわばらせる大翔のことなど気にもせず、それをさらに胸の高さで合わせる。合掌する大翔の両手を、雫の両手が包む形だ。そして静かに目を閉じて、


「むむ~」

「? ?」


 大翔は呼吸するのをしばし忘れた。顔を真っ赤にした状態で、雫の両手に包まれている今のこの状況を、ほくそ笑む修たちにこっそり見られていることにも気づかない。

 それからきっかり三秒後。


「よし、パワー貰った」


 どうやら自分のパワーを吸い取られていたらしい。確かに息がしづらくて、頭がぽーっとするんだけど、その影響だろうか。雫は大翔の手を離し、


「この試合に勝った後で、またひろちゃんに返すからね。そのときはわたしの分も一緒に」


 そしてニカっと笑い、雫は今度こそコートの方へと走って行った。


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