3-11 通行人D
校門から中へと入って行く名塚の後ろに、大翔たちは続く。
すると現れたのは、見慣れた体育館のコートだ。
雑高の男子バスケ部員の幾人かが忙しなく動いて準備を進めている。集合時間にはまだ早いのに、こういうところはさすがだ。優勝チームとしての意識の違いと言えるかもしれない。
そして、その中に見つけた。
先の高校総体で苦杯をなめさせられた仇敵、一之瀬颯の姿を。すらりと身長が高く、切れ長の目は相も変わらず鋭い。この精鋭が集う場においても他を圧するほどの存在感を放って――いなかった。
あれ、と一瞬拍子抜けしたほどだ。
ともすれば、見逃していたかもしれないほどに。
優れたプレーヤーというものは、試合の外であっても凡人たちとは一線を画すようなオーラを放っているもので、この一之瀬颯も例に漏れない。あの総体のとき、彼は兄の迅にも負けないほどの存在感を放っていた。
だというのに、今はすっかり通行人Dである。覇気がないというか、生気がないというか、まるで魂が抜けてしまったかのような、抜け殻のような有様だ。
「よう颯、久しぶり」
何かを考えるよりも先に、声をかけてしまった。颯はゆっくりとした動きでこちらに顔を向けてくる。
「……ども」
元々そんなに愛想のいい質ではないが、それでも以前に増して力のない声色だった。
愛想がないにしても、この間話したときには声にもう少しトゲがあった。それが良いかどうかは別にして、今はそれすらも抜け落ちてしまっている。
いうならば、〝無〟だ。
何か大切なものをどこかに落っことしてしまったような、そんな有様である。
それはまさに、三年前のどっかの誰かさんのようで――
「ひでぇだろ。どうにかしなきゃいけないと思ってはいるんだがな」
そっと背後から耳打ちしてきたのは名塚だ。顔も体も向こうを向いているが、探るような視線だけは、あちらへと歩いて行く颯を捉えていた。
「いつから?」
大翔がささやくように尋ね返すと、名塚は何かを思い返すように天井へと視線を移す。
「たしかインターハイで負けたときからだな。元々そんなに喋んないやつだけだど、顔にはすぐに出る質だった。なのに今は何をするにも無表情だ。まるでロボットだよ」
「んで、やっぱプレーもキレ落ちてんの?」
「別人のようにな。正直今のままじゃ、試合でまともに使えるとは思えねぇ」
名塚の物言いは突き放すようだったが、それは元々だ。彼なりに気にはかけているようでもある。
「そうか。何とかしてやりてーな」
「ん?」
「いや、なんでもない」
大翔は会話を打ち切り、体育倉庫へと歩いて行く。そこにモップがあるはずである。
そう思考する一方、何とかして颯をどうにかできないかと考えていた。
自分がライバルと認めた人間に、いつまでもへこたれていられては困るのだ。