3-10 謎の敗北感
身長は百八十以上、骨格自体もがっしりとしている名塚公彦は目の前に立つと中々に迫力がある。
しかし、ただ大きいのではなく、丹念に鍛え上げられたその肉体は、全国レベルの試合でも十分通用するほどだ。
その名塚は大翔と涼太郎を校内へと招いた。ボード出しやモップがけをやっている最中に自分たちの姿を見かけ、わざわざ声をかけに来てくれたらしい。
表情はむっつりとしているが、その実、彼もまた自分たちとまた一緒にバスケをやれるのを喜んでいるのかもしれない。
「今日は一年が颯しかいねぇから、設営の係が俺たち(二年)にも回ってきたんだ。お前らも手伝え」
――全然ちげぇ……。
どうやらそういうことらしかった。
普段の練習の準備は一年生がやってくれているのだろう。風高では元々の人数自体が少ないので全員でやるのが普通になっているが、一般的にはこういうのは下の学年がやるものだ。
でも今日は代表メンバーに選ばれた者だけが集っている。雑高の一年でそこに名を連ねているのは、一之瀬颯一人だけだ。彼一人に全てをやらせるのは酷というものだろう。だから自分たちにも手伝いをしろというのだ。
それはわかる。
――に、してもだ。
どうせ暇だし手伝うのはいいが、もっと頼み方ってものがあると思う。
「相変わらずお前はぶっきらぼうな喋り方すんな。友達いねぇだろ?」
からかうように大翔が軽口叩くと、名塚は何やら得意げな笑みで応じた。
「残念ながらそうでもないぞ。彼女もいるし」
「なんだと……」
「あ、ちなみに僕もね。一つ下の後輩」
「ぐ……」
名塚どころか涼太郎まで、知らない間に大人への階段を昇っていた。とてつもなくショックだ。
かつては同じところに立っていたはずなのに、自分だけ置いてけぼりにされていたなんて。
「ま。俺は別に作る気なかったんだがな。断っても断っても言い寄ってくるから、面倒になって折れちまった」
ドヤァァアとした腑抜けた顔で名塚は自慢げに語る。実に腹立たしい。
「うらやましいか?」
「うっせぇ! バーカバーカ!」
「……お前、友達いないだろ?」
名塚は可哀想なものを見る目でこちらの顔を覗き込んでくる。極めて不快だ。彼女がいるというだけで生物として優位に立ったつもりなのだろうか。
そもそも、自分としては全然構わないのだ。今はバスケが恋人である。彼女が欲しいなんて思ったこともない。なんたって、家に帰れば雫という天使がおわしますのだから。これ以上に何かを望むなんてバチ当たりというものだ。
「そういえば、天野さんとは今どうなってんの? 少しは進んだの?」
涼太郎が何気ない様子で聞いてくる。
ナイスクエスチョンだ。大翔は少しだけ躊躇う素振りを見せて、
「え? うーん、まあ、進んだと言えば進んだけど?。まあ今ここで言うことじゃないっていうかね? え、聞きたい? まあどうしてもっていうなら聞かせてやらなくもな――」
「うーし、じゃあ真柴は二階の窓開けてきてくれ。飛永は一階のモップがけな」
「聞けよっ!」
「ほいほーい」
「お前もか!」
かつての戦友との再会からものの五分、あっという間に険悪ムードである。まあ名塚と涼太郎の方はまるで気にもかけてない様子で、大翔の方が一方的に腹を立てているというだけの話であるが。
――やっぱどこかで時間潰せばよかった……。
体育館の扉に手を添えて、今まさに開けようとしている名塚の後ろで、大翔はそんなことを思った。
なんだかんだで、修や白峰や硲下の方が可愛げがあると思うのは、身内びいきだろうか。
それとも、共に彼女がいないからという悲しき仲間意識の現れであろうか。
いずれにせよ、今の名塚や涼太郎の存在をどこか遠くに感じてしまう。
――いやいやいや、落ち着け俺。なに彼女がいたって事実だけで遠い存在に感じちゃってるんだ。しかもそれで腹を立てるって、それただの嫉妬じゃん。
何とも言えない敗北感に押しつぶされそうになりながら、そっとため息をついた。