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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第二章 スランプの先
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3-9 かつての戦友

  1


 代表選手に選ばれて三日後のことである。

 午前七時過ぎ、大翔は雑賀東高校に向けて自転車を走らせていた。


 日差しは強く、むさ苦しい熱気が辺りを取り巻いている。半そで半ズボンのこの恰好でも、すでに汗をかき始めていた。


 しかしそれでいて気分は高揚している。


 家を少し早く出過ぎたので、できるだけゆっくり漕ぐつもりでいたのだが、無意識にペダルを強く踏んでしまう。信号も変に調子がいい。まるで少しでも早く辿り着けと世界が自分を急かしているかのようだ。


 今日は代表選手一同介しての簡単なミーティングと、全体練習を行う予定である。場所は今向かっている雑賀東高校の体育館。


 今日を含めて三回ほど選抜メンバーでの練習を行う予定だが、会場は持ち回りである。次回は矢継早農業高校、最終日は月見酒高校の体育館を使って、と言った感じだ。


 ちなみに女子は完全に別行動で、今日は滄溟(そうめい)大学付属高校で行うらしい。


 かなり大きな学校で設備も整っていると評判なので一度は行ってみたいと思っているのだが、残念ながらそこの男子バスケ部はあまり活発に活動していないらしく、練習試合する機会もまったくない。


 一方で雑賀東高校と矢継早農業高校はすでに何度も練習試合やら何やらで行ったことのある学校である。新鮮味はほとんどない。


 でも、今回はいつのソレとは大きく意味が違っていた。

 なにせ県下の代表選手が集う場なのだ。


 しかも、自分もその一員として。


 新学期、新しい学校、あるいは新しいクラスに入りこむ瞬間のような、大きな期待と一抹の不安がない交ぜになった複雑な気分である。


 故にして、多少気が急いてほんの少しばかり早く来てしまうのも、致し方なしというところだろう。


 ――いや、でも……さすがにこれは早すぎたか。まだ雑高の人も来てないんじゃ……


 今日の集合は九時だ。それでいて雑賀東高校はもはや目の前である。


 どんだけ気合入ってんだと思われることだろう。もちろん気合があるのはいいことだが、どこか気恥ずかしい。初めて代表選手に選ばれて喜び勇んでうきうきで乗り込んできたと思われる。うわなにこれ超嫌だ。いったんどこかで時間潰すか。


 そう思ったときである。


「おーい、大翔!」


 正面から声がかかった。顔を上げるとそこにいたのは。


「涼太郎」


 矢継早農業高校の二年生新キャプテン、風間涼太郎である。身長は170センチ程度。その彼が雑賀東高校の校門前で、爽やかな笑顔でこちらに手を振っていた。


 今回選ばれた代表選手の中で、数少ない気心の知れた友人である。


 なにを隠そう、彼は(おな)中なのだ。大翔や修や雫のいた許斐(このみ)桜中学のかつてのチームメイトである。


「いやー、よかったよ。ヒロが早く来てくれて。誰もこないから心細くって」


 校門付近までたらたら漕いでいくと、涼太郎は嬉しそうに駆け寄ってきた。子犬のようだ。


「俺もてっきり、まだ誰も来てないかと。ていうかお前何時からいんの?」


「六時」


「バカだろ」


「違うよ、そうじゃなくてさ。六時に一度着いたけど誰もいないから、(ばや)高に行って一汗流してから今ここについたってことだよ。もうへとへとさ」


「やっぱバカじゃねぇか」


 高校に上がって少しはマシになったのかと思えば、相変わらずの奔放っぷりである。


 あの頃は修がキャプテンを、こいつが副キャプテンをやっていたのだが、仕切りは完全に修に押し付けられていた。


 それでも、あのチームのエースは紛れもなく涼太郎だった。


 許斐桜中学、県ベスト4入り&四国大会出場の立役者は、紛れもなくこいつだったのだ。修と涼太郎のダブルガードは安定感があり、試合の状況に合わせて自らフォワードに転ずる柔軟性は見事という他なかった。


 現在の矢継早農業高校が県ベスト4にいるのも、涼太郎の力が大きいと思う。もちろん他にもいい選手はいるのだが、涼太郎無しではチームとしてのランクは一つ落ちるだろう。


 そんな風間涼太郎は、当然ながらこう言った代表選手の集う場には必ずと言っていいほど声がかかる。県選抜はもちろん、中学時代に、高校の監督から『うちの高校に来ないか』とラブコールを飛ばされたりもしていた。


 そんな奴が、何ゆえ自分と同じようにこんなに浮ついてるのか、少し不思議だった。


「お前なんかふわふわしてんな? そんなに楽しみなのか、今回の大会」


 大翔が尋ねると、涼太郎は少しの間きょとんとした後、当然と言った顔で頷いた。


「当たり前でしょ。だって二年ぶりにヒロと同じチームでやれるんだもの」


 嬉しくない、と言えば嘘になる。


 誰もが認める名プレーヤーである涼太郎にそう言って貰えるのは嬉しいし、メンバー表を見たとき、自分も彼と同じことを思ったのだ。


 ほんの束の間だが、またアイツと同じチームで戦えるのだと。それを喜んだのだ。


「まあ、確かにな。つかさ、それを言うならアイツも――」


「なんかうるせーのがいるなと思ったら、やっぱお前らか」


 校門の向こう側。


 ブルーの上下ジャージのうち、上だけを羽織っている雑賀東高校の選手が一人、呆れたような表情でこちらを見やりつつ、そこに立っていた。


「噂をすれば……」


「つかっちゃん!」


 大翔がしかめ面を浮かべる傍で、涼太郎はまたも無邪気に喜んでいる。



 今回選ばれた選抜選手には、もう一人、かつての許斐桜中学のチームメイトがいた。


 雑賀東高校、現在二年生、名塚公彦。


 来年の雑賀東高校を背負って立つとされている有望選手の一人である。


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