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Run&Gun&  作者: 楽土 毅
第一章 笑顔の法則
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3-5 Take it easy

 そんなときである。

 コンコンと自室の扉がノックされた。


 布団に顔を押し付けたまま「はーい」とくぐもった声を漏らすと、扉の開く音が続く。


「おねえちゃん」


 自分を呼ぶ無邪気な声に、加寿美は顔だけをひょっこり上げた。

 扉を開けて、中へと入ってきたのは妹の彩羽だ。今は幼稚園の年少さん。その彩羽はとてとてと可愛らしい歩みで駆け寄ってくる。


「どうしたの彩羽。もう寝なきゃいけない時間でしょ?」


 今は夜の十時過ぎ。高校生が寝るには少し早いが、園児の彩羽はとっくに寝ているはずの時間だ。


 そんな彼女がのそのそと自分の布団に潜り込んでくる。そしてぷほっ、とひょっこり顔を覗かせ、


「きょうは、なんかねむれないの。だからなにかおはなししてほしくて。でもおかあさんはもうねちゃったから、ここにきたの。めーわく?」


 可愛らしく小首を傾ぐ彩羽の頭を、加寿美はそっと撫でた。


「んーん、そんなことないぞー。じゃあ今日はお姉ちゃんと寝よっか?」


「うん!」


 というわけで、加寿美も布団の中に並んで入った。彩羽のお腹にそっと手を置く。


「今日は何してたの?」


「えっとね。みゆきちゃんのおうちに遊びにいってた。おえかきしたりー、おままごとしたりー」


「そっか。楽しそうだねぇ」


「今度おねえちゃんもいっしょに行こ! あしたとか!」


「えー。でもお姉ちゃん今忙しいからなー。ちょっとそれは無理かなー」


 苦笑いで答えると、彩羽は両手を突き出して上下に振る動作をした。


「だむだむ?」


 どうやらバスケのジェスチャーだったようだ。加寿美は頷く。


「そう、ダムダム。お姉ちゃん今度ね、徳島県の代表選手として試合するんだよ」


「だいひょうせんしゅ?」


「ダムダムの上手な人たちばっかりが集まる試合に、お姉ちゃんも出るの。もしかしたらテレビにも映るかも」


「すごい!」


 彩羽はきらきらとした目で加寿美の方を見つめていた。「そんけー」と呆けた顔で呟いている。


「ねぇ、それじゃあ、たけるおにいちゃんは?」


「彪流は選ばれてないよ。下手っぴだからね」


「そっかー、それはざんねんだねぇ」


「あ、でもとび……大翔おにいちゃんは出るよ」


「そうなの! ひろともだむだむ上手?」


「そうね、まあまあかな。私ほどじゃないけどね」


「そん・けーっ!」


 と、突然彩羽は自分の胸に飛び込んできた。柔らかなほっぺたをぐりぐりと押し付けてくる。


「あのねー、あやはもしょうがくせいになったら、だむだむするから、そのときになったら、だむだむのこつおしえてね」


「へー、彩羽もダムダムやりたいの?」


「うん、だって、だむだむしてるおねえちゃん、かっこいいもん!」


 ――かっこいい……ねぇ。

 でも彩羽のそんな何気ない言葉に救われる思いがする。


「だから……ね。あやはも……いつかかずみおねえちゃんみたいに……なれたらな……って」


 すう、と彩羽の言葉があっという間に寝息に変わる。

 その可愛らしい寝顔を見つめながら、加寿美は苦笑した。


「困ったなぁ」


 呟いた瞬間である。加寿美の部屋のドアが再び開いた。


「姉ちゃん」


「彪流。部屋に入るときはノックしろっつってんでしょ。彩羽ですらちゃんとやるのに」


 彩羽のときとは態度がまるで違うが、しかたなかろう。彩羽とではかわいさが違うのだ。


「自分だって俺の部屋入るときしないだろ」


「それとこれとは話が別よ」


「いや同じだろ。それより……」


 彪流は一冊の本を差し出す。英語の参考書だ。確かこれは自分が昔使っていたものである。


「修先輩が返しといてくれって」


「長内が? ああ、そういえばあいつに貸してたんだっけ」


 確かこれは夏休みに入る前に、修に貸したのだ。大量の夏休みの宿題を見て顔を真っ青にしている彼の顔を見て放ってはおけず、この参考書を貸してあげた。


「でも、何でこのタイミング?」


「そんなの俺に聞かれても」


 そりゃそうだ。

 まあ別に貸していたものが返ってきただけの話だ。別に拒む必要もあるまい。


「まあいいや。ありがと」


「うん。ていうか、彩羽来てんだ」


 彪流の視線は、加寿美の隣で眠りこけている彩羽の寝顔に注がれている。


「そう、さっき寝れないとか言って転がりこんできた。この際あんたも一緒に寝る?」


「なんだよ急に。気持ち悪いな」


「冗談に決まってんでしょ。ほら、用が済んだなら行った行った」


 手をぷらぷら振って退室を促すと、彪流はため息を一つついて出口へと歩いて行く。そして扉を閉じかけたとき。


「それと、代表入りおめでと。まあ、適当に頑張って」


「え? あ……うん、ありが――」


 と、加寿美の返事も待たずに彪流は扉を後ろ手に閉め、さっさと行ってしまった。

 嬉しい言葉だが、お礼くらい言わせろ。そう思う一方でさっさと行ってくれたことにほっとしてもいた。面と向かってお礼なんてのも気恥ずかしい。


「ま、適当に頑張りますよー、と?」


 それから何気なく、つい今しがた受け取った参考書を開いてみると、その中に一枚の紙が挟まっていた。それを取りだし、眺めてみると。


『Take it easy』


 修の汚い字。それを見た瞬間何故か笑いが込み上げてくる。


「あはは、なにこれ。まさかこれを渡したくて、このタイミングでこれ返したの? 謎に英語だし。そんなのメールで言えば……」


 愚直というか、健気というか。英語の苦手な修が必死に頭を捻ってこれを書いたのだろうことが容易に予想できて、やはり笑えた。日本語で書くのが気恥ずかしくて、英語にしたのだろうことも、こっちが恥ずかしくなってくるくらいに丸わかりだ。


「生意気なやつ。でも……そうねぇ。お言葉通り、気楽に行きますか」


 加寿美はその紙を机の引き出しにしまう。試合にはこれもお守り代わりに持って行こう。そう心に決めて、参考書は棚に戻し、電球を落とす。


 そして彩羽の隣で再び横になる。その後隣の寝息に引きずり込まれるようして、あっという間に眠りに落ちた。


 その一方で、何やら小恥ずかしいことをしてしまった修の方が眠れない夜を過ごしていることなど、加寿美には知る(よし)もない。


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