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思わず耳を疑った。まさか自分が代表メンバーに選ばれるなんて。
嬉しいと思う前に、ただ不思議だった。買ってもない宝くじの賞金を突然渡されたような気分だ。
「ちょ、待ってください。木ノ葉先輩と紡はともかく、なんで俺みたいな奴が選ばれちゃったんですか?」
大翔が尋ねると、花都はこちらに不思議そうな目を向けてくる。
「なんでも何も、そりゃあ飛永くんの力が必要だと思ったからですよ。自分が選ばれたのが、そんなに不思議ですか?」
「まあ、それは」
正直不思議なんてものじゃない。選考者の正気を疑うほどだ。
例えば今日の練習ではどうだ? ゲーム形式の練習ではほとんどシュートを決められず、花都先生の機嫌を損ね、練習時間を長引かせてしまうような始末だ。
加えて、キャプテンらしいことができているわけでもない。副キャプテンの修の方が、司令塔として、よっぽどチームをまとめている気がする。自分はまだ、木ノ葉がいることに甘えたままなのだ。
そんな自分が、徳島県の代表? 冗談としか思えなかった。
「ぼ、僕は、当然のことだと思います!」
と、そこへ口を挟んできたのは紡だ。自分で自分の言動にびっくりしているかのようにすぐに口を噤んでしまったが、大翔たちが視線を向けると、恐る恐る言葉を続けた。
「僕みたいな選手はいくらでもいるけど、飛永先輩みたいな選手は他にいません。だから、選ばれて当然だと思います」
言われ、大翔は小首を傾いだ。紡なりに頑張って伝えてくれようとしているのだが、正直ピンとこなかった。
と、そこでクスっと笑いを零したのは花都先生だ。そちらにまた視線を戻すと、彼女はにこっと微笑みを浮かべた。
「ちょっとわかりづらいかもですけど、おおよそ早坂くんの言う通りなんですよ。こういう言い方はあれですけど、木ノ葉くんや早坂くんのようなシュートやドリブルに長けた選手は、、他にもたくさんいます」
でも、と花都先生は言葉を切った。諭すようなまなざしはとても優しい。
「飛永くんのようにディフェンスに長けた選手は他にあまりいないんです。もちろん上手い子もいますけど、飛永くんのそれとは比べものにならない。
そして、ハイレベルな選手が集う今回のような大会では、飛永くんのようなトリッキーな選手の方が真価を発揮したりするものです。オールマイティーな選手を十五人揃えるより、不完全なれど、ここぞという時に起死回生の切り札足り得るような選手を加えておくほうがいいと判断したのでしょう。
まあ、選手選考の際に一応私も推したりはしましたが、最終的に決定したのは雑賀東高校の監督である瀬戸川先生をはじめとした他校の監督方です。その先生方も、飛永くんの守備力の凄まじさは目の当たりにしてますから。
特に瀬戸川先生はこんなことをおっしゃっていましたよ。『もし風高から一人選手を引き抜かせてもらえるなら、私は迷わずあの〝エースキラー〟を選ぶ』って」
どくり、と心臓が唸りをあげた感じがした。
自分の存在が、他校の監督方の中で――ましてや優勝校である雑賀東高校の監督の中でそんなにも大きくなっているなんて思いもしなかった。
にわかには信じがたいが、花都先生はこんなうそをついたりはしない。
「どうしてもと言うなら、もちろん辞退はできますが、どうします?」
少し悪戯っぽいを笑顔を浮かべて、花都先生はそんなことを聞いてきた。
正直自分がそこまでの選手なのか疑問でいっぱいの状態だが、こんなチャンス望んで得られるものでもない。無下にするのは他の全選手に対して失礼だし、自分を選んでくれた監督方の期待にだってできる限り応えたいと思う。
そしてなにより、自分のこの力がいったいどこまで通用するのか。この最高の舞台で試してみたいと思うのだ。
「いえ、やります。後ろ向きなこと言ってすいません。風高のキャプテンとして恥のないプレーをしてみせます」
まっすぐに見つめてそう言葉にすると、花都先生はニコリと笑ってくれた。彼女は続いて木ノ葉、紡の方へ順に視線を向ける。すると二人も大きく頷く。
「もちろん自分も行きます」
「ぼ、僕も頑張ります」
「よろしい」
二人の同意も得て、花都は持っていた一枚のプリントを差し出した。それを受け取った木ノ葉はすぐさま顔を上げた。
「これって……もしかして」
「徳島代表のオーダーです」
それを聞き、すぐさま全員が群がる。大翔も慌ててそのプリントを覗き込んだ。
4. 小野田一利 (雑賀東、三年)
5. 一之瀬迅 (雑賀東、三年)
6. 堂田三鷹 (月見酒、三年)
7. 木ノ葉之平 (風見鶏、三年)
8. 光武亨 (雑賀東、三年)
9. 寒村雪路 (月見酒、三年)
10.斉木康太 (雑賀東、三年)
11.野原信二 (雑賀東、二年)
12.名塚公彦 (雑賀東、二年)
13.風間涼太郎 (矢継早農業、二年)
14.飛永大翔 (風見鶏、二年)
15.細井健人 (雑賀東、二年)
16.湖東イルミ (月見酒、一年)
17.一之瀬颯 (雑賀東、一年)
18.早坂紡 (風見鶏、一年)
補欠.道下勇人 (雑賀東、二年)
「見事に上位四校からの選抜だな……んで半数近くは雑高からか」
木ノ葉がしみじみ呟く。まあ雑賀東の選手層の厚さは異常と言ってもいいくらいだ。これくらい当然だろう。
それよりも、と大翔は疑う目で花都を見る。すると彼女はバツが悪そうに後ろ頭を掻いた。
「い、いやあ、うちのチームから三人も選ばれたって聞いて、つい舞い上がってしまいまして。お三人に確認もとらずに、ついオッケーを出してしまったんです」
「ようするに、もう僕らはすでに辞退なんてできない状態だったんですね?」
こんな風に背番号まで決まってる時点で確信的だ。このメンバーは本決まりのものだろう。今更辞退なんてできない段階まで来てしまっている。
「……すいませんです」
大翔が詰めよると、花都はしゅんと肩を降ろした。
それを見て思わず苦笑が漏れた。
「ま、いいんですけどね。どのみち出る気持ちになってたし。それで、聞きたいことがあるんですけど」
「はい?」
しょんぼり肩をすぼめていた花都は、すっと顔を上げる。
「女子の代表のメンバーも、もう決まってるんですか?」
此度の『都道府県対抗オールスター大会』、もちろん女子の部も同時開催だ。したらば必然的に女子の代表チームも存在するわけで。
で、大いに気になるのは、そこに風高のメンバーも含まれているのか、否か。
「はい、すでに決まってますよ。ちなみに風高からも選ばれてます」
その花都の答えに、みなが反応した。大翔はそれを代表して問うた。
「それで、誰が」
実力的に言えば雫はきっと選ばれる。
あと三年生の中にも選ばれてもおかしくない人はいくらかいるが、すでにみな引退しているので怪しいところだ。
あとは新谷加寿美か。先の高校総体では途中退場した雫の代わりに試合に出場し、健闘してみせた。彼女も候補の一人だ。
果たして花都先生は厳かな表情でこう言った。
「風高から女子の代表チームに選ばれたのは、一名です」