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大翔が初めて従妹である雫に会ったのは、確か幼稚園の年長の頃だったと思う。
大翔は東京で生まれて、東京で育った。
だから初めて雫と出会ったその時も、当然ながら大翔は生粋の東京都民であり、そんな彼が初めて出会った同世代の他県民である雫に対して抱いた率直な感想は、大変失礼千万ながらも「田舎臭い」だった。
田畑に囲まれた家に住み、自分とは違うイントネーションの言葉を操り、女の子にも関わらず趣味が虫取りと魚釣りという雫は、大翔の知る「女の子」と随分と違っていた。
その当時の大翔が、同じ県の中でも、都会と田舎の間にはかなりの差があることなど知り得るわけもなく、それ以降大翔にとって徳島県というものは、田舎と聞いて真っ先に思い浮かぶ県となってしまった。
他に知っていることと言えば、日本三大盆踊りである阿波踊りと、その従妹の家で食べておいしかった鳴門金時と、半ば強引に連れて行かれた観光地、蔦で作られた「祖谷のかずら橋」くらい。
でも今――高校二年生となり、立派な徳島県民と相成った大翔は、そのときとはまるで違う。
生まれも育ちも生粋の徳島県民である人たちよりも、もしかしたら大翔の方がこの町を愛しているのかもしれなかった。
当たり前すぎて地元の人たちには見えていない素敵なところも、都会を良く知る大翔の方が知っているのかもしれなかった。
だって、大翔は、この町に救われたのだ。猛り狂う絶望に追いやられた大翔のことを優しく受け止めて、精一杯の温かみでもって解きほぐしてくれたのだ。
もし自分があのときここに来ることを選んでいなかったら、自分は一体どうなっていたのだろう。そう考えると大翔は怖くて堪らなくなることがある。あの時自分が、ここに逃げ出してなかったら――
そしてその先で、あの少女に出会ってなかったら?
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風見鶏女子と大城の上女子の準決勝、前半が終わった。
スコアは大城の上32:風見鶏34。
まさに息もつかせぬデッドヒート。
大翔は見ているだけで体力をすり減らした。
今はハーフタイムで両校は十分間の休憩中だ。そしてその合間空になるコートには、第二試合組――男子準決勝を控える、雑賀東高校、月見酒高校、矢継早農業高校、そして大翔たち風見鶏高校の姿があった。
雫たちが試合を行っていたBコートでは、大翔たち風見鶏男子と、雑賀東男子が練習を始める。
ちなみに風見鶏高校が行うのは簡単なレイアップシュートだ。コート中央の右側から、コート中央ど真ん中にいるメンバーに向かってパスを出し、自分はそこからゴールに向かって走り出す。そして適度な位置でパスを返してもらい、そのままなだらかにイージーシュート。
技術を上げるためと言うよりは、ゴールする感覚を掴むための練習だ。
それは三分間やったのち、今度は左右反対。今度は左手でシュート。みんな一本も外すことはなかった。
「よし終わり。戻るぞ」
中央に据えられているタイマーが残り三分になる五秒前に、木ノ葉が言った。
コートの使用が許されるのは、後半戦開始への残り三分までだ。ここからは雫たちがその後半戦に備えてコートを使うようになる。
そのため大翔たちは素早くコートをはけていく。そんな折、
「木ノ葉くん、集合してください」
コートの端にいた一人の女性から声がかかった。上下ジャージ姿ながらもいい意味で凹凸の激しい、それでいて身長150センチほどの小柄な少女――いや女性。
風見鶏高校の男女チーム双方を取り仕切る顧問兼監督、花都美砂先生だ。
「集合!」
という木ノ葉の声がかかるころには、男子チーム全員が花都先生を取り囲んでいた。
みな一様に真剣な表情だ。花都先生は、その表情の一つ一つを手に取るように丁寧に見回し、
「うん、みんないい顔してますね」
顔をふわっとほころばせた。
「「はい!」」
「体調の悪い人はいませんね。スタメンは昨日話した通り、木ノ葉くん、三宅くん、百合ヶ丘くん、的場くん、飛永くんの五人で行きます。もちろん他のみんなも、心積りはして置いてください」
「「はい!」」
迷いのない返事。車の中では情けないことをこぼしていた修も、今は真剣な表情で淀みなく答えていた。準備は出来てます。いつでも行けます。そういう顔だ。
「女子チームは必ず勝ってみせます。ともに全国へ行きましょうね」
「「はいっ!」」
「よろしい」
その返事を最後に、大翔たちはコートを出た。