壁の向こう側
ほんの小さな子供の頃から、ずっと追いかけて来た。
それは自分にとっての道標であると同時に、いつかは越えなければならない壁でもあった。
絶対的劣勢にありながら、なおも果敢に攻めこんで行く兄の姿を見ながら、自分はふと思った。
自分はどうして、ああいう風になれないのだろう。今更どんなに頑張ったって到底追いつけやしないと、心の中の自分はすでに勝利を諦めている。
だって、試合時間残り二分で、現在二十点差だ。こんなものもう追いつけるわけがない。
スリーポイント七本連続で決めれば追いつく? バカを言ってはいけない。そんなもの夢物語だ。相手チームの選手だってバカではないのだ。ここはそんなことを許すようなチームが立てる舞台ではない。
「諦めんな! まだ試合は終わってねぇぞ! 死ぬ気でいけっ!」
だと言うのに、未だうちのチームメイトたちは諦めていない。コートに立つ選手たちは疲れを感じさせない動きを見せ、ベンチに待機している選手たちはほとんど立った状態で声援を送っている。
監督がタイムアウトをとった。
ここで何か作戦を立てるなり、選手交代させるなりして流れを変えられなければ負けは確実だ。
まあ、もうほとんど負け確定の状況ではあるが。
相手は強い。たとえ現状が点差ゼロでも勝率は五分以下だろう。
「おい、何ぼーっとしてんだ。試合は終わってねぇぞ」
コートから戻ってきた兄が、自分に言った。鬼気迫る表情だ。普段はどちらかと言えばおちゃらけキャラなのに、試合中はいつもこんな感じである。
いや、それ以上か。今の兄はもはや別人のように切羽詰った顔をしていた。
「でも、二十点差」
「それがどうした」
そっと呟いた言葉を、切り捨てられてしまう。長年一緒に暮らしていた兄弟だからわかる。これは爆発寸前だ。言葉を間違えたら、間違いなくキレる。
「ごめん、俺のせいで」
「そうだな。お前と――そして俺のせいだ。俺たちのせいでこのチームは負けんだよ」
意外にも、兄は負けを認める発言をした。もちろんチームメイトは聞こえない程度の、かろうじて自分にだけは聞き取れる程度の小声だ。しかし、それでも意外だった。
「なら、どうして」
思わず問うていた。負けの確定した試合に、果たしてそこまで全力で向かう必要があるのか。自分にはわからなかった。
その問いに対して、兄はこう答える。
「俺たちは県の代表としてここに来てんだ。たとえ負けが確定していても、一点でもいいから点差を埋めるのが当然だろ」
そう告げ、兄は自分の横を通り過ぎる。しかししばらく歩いて再び立ち止まった。
「まあ、今更取り返しようのねぇ無様な試合にしちまったけどな。……くそ、いったいどんな顔して木ノ葉たちに会えばいいんだよ……」
その呟きは、自分の心に深々と突き刺さった。
*
第○△回、全国高等学校総合体育大会、いわゆるインターハイに徳島県の代表として出場した雑賀東高校は、神奈川県代表のチームに二十点以上の大差で敗北し、一回戦で敗退。同じく徳島県代表として出場した女子チーム、滄溟大学付属高校は一回戦を勝ち上がる大健闘を見せたが、躍進もそこまで。二回戦で敗退と相成った。
これで総体は終わり。
次にこのリベンジを果たすチャンスは、冬の選抜優勝大会までおわずけ――そのはずだった。
しかし、今年急遽、ある大会の開催が決定した。
夏休み終了直前、八月の終わりである。各都道府県の精鋭が集まり、新たなチームとなって再び激突するのだ。
その大会の名は――